ヒロくんのLIVE REPORT '97 PART 1 PATTI SMITH

 元・ニューヨーク・パンクの女王、そして今、『ロック界の安達ヶ原の鬼婆バア』になったロック界の伝説のひと・パティ・スミスがデビュー22年目にして初来日! 去年のセックス・ピストルズの場合もそうだが、ロックの歴史上の存在になって久しいアーティストたちが突如甦り、来日までしてくれるだなんて、絶対ナマで観ることなんてないだろうと思っていただけに喜びもひとしおだ。
 ここでパティ・スミスの歴史をざっとおさらいすると、ニューヨーク・パンク・ムーヴメントのなか、'75年、アルバム『ホーセス』でデビュー。パティ・スミス・グループ名義で'76年、'78年、'79年と立て続けにアルバムを発表した後、MC5のギタリスト、フレッド・スミスとの結婚を機に主婦業に専念するためミュージック・シーンから姿を消す。'88年、9年ぶりのアルバム『ドリーム・オブ・ライフ』を発表。そして去年、またもや8年のブランクを経て、アルバム『ゴーン・アゲイン』をリリース。といった具合なので、私の世代においては、洋楽を聴き始めた時にはすでにパティは歴史上の存在になっており、リアル・タイムで知っているのは『ドリーム・オブ・ライフ』以降ということになる。従って、'70年代の彼女の全盛期の凄さは知らないわけだが、パティがミュージック・シーンに残した影響力の大きさは充分理解しているつもりだ。いわゆる'90年型といわれる女性ロック・シンガー...アラニス・モリセットやP.J.ハーヴェイなど...は明らかにパティの影響下にある。女性シンガーのありかたそのものを変えたロックの歴史の偉人のひとり、伝説の人物の元・ニューヨーク・パンクの女王、そして今、『ロック界の安達ヶ原の鬼婆バア』と呼ばれるパティを観に1月11日、恵比寿ザ・ガーデン・ホールへ行ってきた。
 何故パティが『安達ヶ原の鬼婆バア』と呼ばれるのかというと、新作『ゴーン・アゲイン』が、ここ数年のうちに、かつてルームメイトだった写真家のロバート・メイプルソープ(余談だが、1月19日まで新宿三越南館の三越美術館で彼の作品展が催されている)、パティ・スミス・グループのピアニストだったリチャード・ソール、そして最愛の夫フレッド・スミス、さらには弟のトッド・スミス...と多くの身内と親友を失ったパティの現在を表したヘヴィーな作風で、身内の者を次々と亡くした悲しみのあまり、旅人を襲って喰らうようになった哀しい老婆の話『安達ヶ原の鬼ババ伝説』を想い起こさせるからである。そんな『ロック界の安達ヶ原の鬼婆バア』がステージ上に姿を現したのは定刻を10分程過ぎた6時40分。ルーズにタイを締め、茶系統のスーツ姿のパティは割れんばかりの会場の声援に笑顔で応え、早速前列の客との握手に応じた。オープニング・ナンバーは“People Have The Power”。'88年の『ドリーム・オブ・ライフ』収録のこの曲がパティ・スミスを知るきっかけだった私にとってはうれしいオープニングだ。2曲目は『ゴーン・アゲイン』からボブ・ディランのペンによる曲“Wicked Messenger”で、パティは激しい歌を聴かせた。続いてはデビュー作『ホーセス』から“Kimberly”。『ウェイヴ』からの“Dancing Barefoot”ではパティは歌いながら靴と靴下を脱ぎ、文字どおり『裸足で踊った』。レゲエ調の“Redondo Beach”の後、披露されたフォーク調の“Ghost Dance”では初詣の神社で売ってる縁起物の矢を持ち出し、上着をヒラヒラさせながら『幽霊の踊り』を踊った。パティ・スミスは一般にはニューヨーク・パンクの女王と呼ばれているが、彼女の曲にはパンクらしいパンク・ナンバーは少ない。音楽スタイル上パンクではないが、表現や思想面で大いに革新的だったためニューヨーク・パンクの女王と呼ばれているのである。
 『幽霊踊り』の後、アコースティック・ギターを構えたパティに「“Distant Fingers”演って〜」と観客から声が掛かる。『ラジオ・エチオピア』収録のパティ・スミスにしては異色のあからさまなラヴ・ソングのこの曲、聴けるものなら私も聴きたいよ。でも今のパティにそれを求めるのはムリ。この客からの声に対してパティがとった行為は静かに微笑を浮かべて、指先をヒラヒラさせながら右腕を伸ばし、『指先を遠ざける』ことだった...。一応、客のリクエストには応えたわけである。アコギで新作から“Beneath The Southern Cross”(邦題は“南十字星の下で”)を演奏した後、新曲?を披露。ここでパティはバンド・メンバーの紹介をし、一度ステージを去った。ステージ上には若いギタリストとベーシスト、年喰ったドラマーとギタリストのバック・メンバーの4人が残り、年喰ったほうのギタリストのヴォーカルで、ポール・ヤングが'83年にヒットさせたことでも知られるロック・スタンダード?“Love Of The Common People”を演奏。もしかしたら年喰った2人はパティ・スミス・グループの元メンバーかもしれない。だけど仮に元メンバーが2人いたとしても、パティ・スミス・グループと決定的に違うのはピアニストの不在。ステージ上にピアノ、キーボード類が一切無いのである。パティの名曲の多くに使われている楽器であるピアノの不在に、パティがインタヴューで語っていた「リチャード・ソールがいない以上、もうパティ・スミス・グループという名を使うことはない」という言葉を思い出し、リチャードの死から完全に立ち直ってないパティの心境を察すると同時に、ピアノをメインに据えた名曲の数々...“Birdland”や“Pissing In A River”、“We Three”に“Broken Flag”、“Going Under”も“My Madrigal”も今回は聴けないことを覚悟。
 パティが戻ってきて、再び5人で“Ain't It Strange”、新作より“Summer Cannibals”を演奏した。カーディガンズは“Carnival”だけど、パティのほうは『食人鬼』である。この後、パティは若いほうのギタリストを指差し、「彼と書いた曲よ」と言って新曲を披露した。
 仏壇にあるりん(チーン!と鳴る鳴り物)の巨大なヤツを手にしたパティ、りんを鳴らし死者の霊を慰めるが如く歌い出した曲は『ゴーン・アゲイン』より“About A Boy”。'94年に猟銃自殺したニルヴァーナのカート・コバーンに捧げられたこの曲の後、突然パティは日本の女性シンガー、UA(ウーア)の話を始めた。「UAはいいシンガーよね。彼女、もうすぐ赤ちゃんを産むわ」UAもパティからの影響を受けているらしきシンガー。遠い異国の地にも自分の影響を受けてるシンガーがいることが嬉しかったのだろうか。ここで観客から「“Because The Night”演って!」との声、そうして演奏が始まった曲はホントに“Because The Night”だァ〜! あのブルース・スプリングスティーンが書いた曲にパティが詞をつけた'70年代を代表する名曲の1つ。ボン・ジョヴィが去年の来日公演で演ったことで若いロック・ファンにも馴染みある?この曲、サビの部分で場内大合唱。「何故なら夜は恋人たちの時間だから。何故なら夜は愛の時だから。夜は恋人たちのためにあるんだから。夜は私たちのためにあるんだから(because the night belongs to lovers, because the night belongs to love, because the night belongs to lovers, because the night belongs to us)」という歌詞を私もしっかり合唱しました。この後、新曲?2つと“Gone Again”を演った。この頃にはパティはスーツもシャツも脱ぎ捨て、上はTシャツ1枚だけになっていた。
 アンコールの手拍子が起こると暫くしてパティが戻ってきて披露した曲は、“Rock N' Roll Nigger”。パンク・シンガーとしてのパティの代表曲に会場は盛り上がり過ぎて、一部観客が将棋倒しになるなど危ない場面もあった。“Rock N' Roll Nigger”からそのまま“Gloria”になだれ込む。パティのデビュー・アルバムの1曲目に収録されているこの曲を演って、パティは観客に礼を言ってからステージから袖に引っ込もうとする。この時、最前列の客が花束を渡そうとしているのに気付いたパティ、この花束を受け取り、すぐさま花の部分をもぎ取って、花びらを客席にバラ撒いた。ドラマーはフリスビーを投げるようにしてドラム・ヘッドを数枚、客席に投げ入れた。こうしてこの日のライヴは終わった。
 『ホーセス』から3曲、『ラジオ・エチオピア』から1曲、『イースター』から3曲(ただし、“Babelogue”と“Rock N' Roll Nigger”2つで1曲とみなす)、『ウェイヴ』から1曲、『ドリーム・オブ・ライフ』から1曲、新作『ゴーン・アゲイン』から5曲、新曲?を4曲、カヴァー曲を1曲...と全部で19曲演ってくれたわけだが、特筆すべきは新曲の多さ。今回のアルバムとツアーを機に本格的に音楽活動を再開するつもりだとインタヴューでパティは語っていたが、どうやらこれは本当のようだ。ピアニストのリチャード・ソールの不在のため、ピアノ入りの曲を殆どオミットしていたから、本領発揮というわけにはいかなかっただろうが、それでも彼女の凄味は充分伝わってきた。パティの動きもシャープで、とてもカッコよかった。ピアノを『封印』しても伝説のひとの名に違わぬ素晴しいパフォーマンスを披露したパティに「生きながら伝説となったひとはやっぱ違うわ〜」と、感心させられた私は、ピアノの『封印』が解けた時、また新たな伝説が生まれることへの確信と、その伝説を今度はリアル・タイムで目撃できることへの期待で興奮状態に陥ってしまった。やっぱり本物は凄いわ〜!

【SET LIST】...'97.1.11 恵比寿ザ・ガーデン・ホール
1. People Have The Power
2. Wicked Messenger
3. Kimberly
4. Dancing Barefoot
5. Redondo Beach
6. Ghost Dance
7. Beneath The Southern Cross
8. ?
9. Love Of The Common People (カヴァー曲)
10. Ain't It Strange
11. Summer Cannibals
12. ? (新曲)
13. About A Boy
14. Because The Night
15. ?
16. Gone Again
17. ?

(encore)
1. Medley (Babelogue〜Rock N' Roll Nigger〜Gloria)

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