今回のライヴ会場は私が一番足を運んでいるハコである名古屋クラブ・クアトロ(これで12回目)。そんな馴染みの会場に足を踏み入れるといつもと違っていたのが『アーティストの意向により場内禁煙』だったこと。『アーティストの意向』とはすなわち、スザンヌ・ヴェガ本人の意向。スザンヌ・ヴェガというアーティストは音楽メディアから『定点観測女』という異名を戴いているとおり、あくまでも『いち観察者』の視点でもって、街角で今起きていること、さらには自分自身の感情さえも距離を置いて対象化して歌で取り上げ、生々しい感情をもって自分自身の主義主張を声高に歌い上げることは殆ど無い。何しろ川で溺れそうになった時でさえ、「助けてェ〜」と叫ぶことすらせず、「どうやら私は溺れかけているみたいなんですけど、よかったら助けて頂けますか?」と言ったというエピソードがあるくらい腰が低く、物事を冷静で客観的に捉えるスザンヌ・ヴェガが、「私、タバコだぁ〜い嫌い! 私のライヴでタバコ吸うなんてこと、絶対に許さないわ!!!」と息巻いているかのようで、この貼り紙を見て、私は少なからずショックを受けた。「私はタバコ嫌いなんですけど、よければ吸うの止めて頂けますか?」とライヴの途中におずおずと頼み込んでくる...これが私がイメージするスザンヌ・ヴェガなんだけど...。ま、それはさておき、今回のライヴ、いつもと大きく異なっていたのが、客層。何しろ子供連れの夫婦!や和服姿の女性!!!など、普段のクアトロじゃ絶対に見掛けることの無い客が居たんだから。30代の客も多く見掛けられ、会場に居た客のうち10人に1人は10年前にスザンヌ・ヴェガを観たに違いない(笑)。
さて、今回のスザンヌ・ヴェガの来日公演は全て、スザンヌ本人とベーシストのマイケル・ヴィセグリアの2人のみのアコースティック・デュオ編成で行われることになっていた。そのため、ステージ上にはギターとベースしか置かれていない超シンプルなセット。7時10分頃、ステージにスザンヌとベースのマイクが登場。大声援の観客にいきなりベーシストのマイクの紹介をしてから、演奏し出したオープニング曲は“Marlene
On The
Wall”(邦題は“マレーネの肖像”)。続いて“Gypsy”を演った後、スザンヌは脇に置いてあった日本語のテキストを手にとり、それを見ながらいろいろ日本語を喋ってみせてくれた。「ドモアリガト」、さらにはベースのマイクを指して「コチラガ家内ノ、えりざべすデス」と紹介したりして観客を笑わせていた。そして「オナカ空イタ〜」と日本語で言い、もう一度観客を笑わせてからスザンヌは“Caramel”を演奏し始めた。
曲が終わる度に毎回観客に深々とお辞儀していたスザンヌは、最新作『欲望の9つの対象』のジャケットに見られるように髪の色が赤かった(多分染めているものと思われる)。『髪が赤い』といっても、LUSHのミキや、Bonnie
Pinkこと浅田香織のような誰が見ても作為的な赤毛ではなく、この程度の赤毛ならフツウに居るだろうなと思わせるナチュラルな赤毛。そんな赤い髪を伸ばし、前髪は一直線に切り揃えていたスザンヌはグリーンのジャケットに黒のスラックス姿だった。
“Stockings”と“Small Blue
Thing”を演った後、観客から質問を受け付けたスザンヌ。ある男性客からの出た質問...「次のアルバムのプロデューサーとアレンジャーは誰ですか?」に対するスザンヌの答えは「まだ決めてない。何故なら、次のアルバム用の曲をまだ作っていないから。でも多分、私の夫になるでしょう」。スザンヌの夫君は有名プロデューサーのミッチェル・ブルーム。どうも質問の主はスザンヌをノロケさせたくてこのような質問をしたようで、スザンヌ本人も「very
good question!」と質問の主を褒めていた(笑)。この後、“When Heroes Go
Down”、“Some Journey”と曲が進んでいった。
さて、私は、またスザンヌが質問を募るようなら次のような質問をするつもりでいた。「Is
Ruby staying In Japan
now?」 スザンヌの愛娘・ルビーは日本に来てるの?と訊くつもりだったが、10曲目に“Undertow”を演った後、こちらから尋ねなくともスザンヌはルビーについての話題を切り出した。「ルビーはもう3歳で、先程ルビーと国際電話でお話ししたのよ。『Have
fun in
Japan?』と訊かれたわ」と嬉しそうに語ったスザンヌが「ルビーや夫との幸せな生活を歌った曲」と紹介をして始めた曲は、アルバム『欲望の9つの対象』より“Honeymoon
Suite”。この後“ World Before
Columbus”を演奏するとスザンヌはギターを置き、「今度は自分で自分に質問! 『どうしてギターを脇に置いたんですか?』 答えは『水を飲みたいから』」と言ってコップの水を飲んだ後、ファンに向けたサーヴィスでビッグ・バンド風の曲を口ずさみながらダンスを披露した。その間『家内ノえりざべす』ことベースのマイクがスザンヌのギターのチューニングを直していた。そのための時間稼ぎだった訳である(笑)。
この後、“Bad Wisdom”、“Neighborhood
Girls”(邦題は“街角の少女たち”)、そしてデビュー作『街角の詩(うた)』の1曲目を飾る“Cracking”、“Knight
Moves”と曲が続いた。そして誰もが待ち望んでいたあの曲...スザンヌにとって最大のヒット曲で、幼児虐待を題材にした曲“Luka”を披露するとライヴは最大の山場に達した。“Luka”の後、ベースのマイクはステージを去り、スザンヌもギターを脇に置いた。ライヴもこれで終わりと思いきや、スザンヌがアルバムと同じようにアカペラで歌い始めたのが“Tom's
Diner”。みんなこの曲を待ち望んでいたらしく、自発的に手拍子を始め、さらにはこれまた自発的に「トゥトゥトゥルトゥットゥルットゥ〜」とコーラスをつけるものだからスザンヌは少し歌いにくかったみたいで、嬉しそうでありながらも戸惑いの表情を浮かべていた。というふうに“Tom's
Diner”で観客が大いに盛り上がった後、スザンヌは深々とお辞儀してステージを去った。だけど観客はこれでライヴが終わるのをよしとせず、手拍子でスザンヌを呼び戻した。「very
sad sad song」とのスザンヌの紹介で始まった“The Queen And The
Soldier”(邦題は“女王と兵士”)。曲が終わるとスザンヌは例によって深々とお辞儀してステージを去った。だけど観客は「もぉ〜っと曲を聴きたい、聴きたぁ〜い」と手拍子を続け、またもスザンヌをステージに呼び戻した。「また、デビュー・アルバムの曲だけど、それでもいい?」とわざわざ観客に念を押し、観客からの「それでもO.K.」という意の歓声を確認してから演奏し始めた曲は“Straight
Lines”。デビュー・アルバムの『街角の詩』には全部で10曲収録されているが、これでそのうちの9曲を披露したことになった。曲が終わるとスザンヌはまたまた深々とお辞儀してステージを去った。こうしてこの日のライヴは終わった。
全部で20曲演ったうち、デビュー・アルバムの『街角の詩』から9曲、2ndアルバム『孤独(ひとり)』から3曲と、10年前と大して演奏曲が入れ替わっておらず、3rdアルバムの『夢紡ぎ』からは1曲も演らなかったという異様に片寄った選曲だった。ま、今回のライヴはスザンヌとベーシストの2人だけのアコースティック・デュオ編成だったため、バンド編成を前提に書かれた曲は演りにくかったのだろうが。私は早くから『夢紡ぎ』から1曲も演っていないことに気付いていて、もしスザンヌが場内からリクエストを募った場合には『夢紡ぎ』収録の曲をリクエストしてやろうと待ち構えていたのだが、あいにくそういう機会が無く、残念。
スザンヌ・ヴェガ本人は私の持つイメージよりは少しはお喋りだったけど、あくまでも冷静でクールなたたずまいを持ち、時折お茶目なところも見せる優しい女性だった。『アーティストの意向により場内禁煙』の貼り紙を見たときはスザンヌ・ヴェガというアーティストのスタンスの激変を感じさせられ、一時はどうなるかと思ったが、スザンヌは他者にああしろ!こうしろ!と自分の主義主張を押し付けるような『戦う女性』なんぞには激変して居らず、安心したよ、私。やっぱりスザンヌ・ヴェガは38歳になっても10年前と殆ど同じスタンスを持つ『定点観測女』だった(!?)。
【SET LIST】...'97.10.18
名古屋クラブ・クアトロ
1. Marlene On The Wall
2. Gypsy
3. Caramel
4. Stockings
5. Small Blue Thing
6. When Heroes Go Down
7. Some Journey
8. Rock In This Pocket (Song Of David)
9. Blood Sings
10. Undertow
11. Honeymoon Suite
12. World Before Columbus
13. Bad Wisdom
14. Neighborhood Girls
15. Cracking
16. Knight Moves
17. Luka
18. Tom's Diner
(encore 1)
1. The Queen And The Soldier
(encore 2)
1. Straight Lines