−1998年
ベスト・アルバム10− by
ヒロくん (1) MARY LOU LORD『Got No
Shadow』 (1)
カート・コバーンの元・恋人で、ジュリアナ・ハットフィールドの同窓生のメアリー・ルー・ロードのメジャー・デビュー作。ギター1本をお供に世界じゅうをバスキング(ストリート・パフォーマンス)して廻った...という彼女の人生がそのまんま音に表れたアルバム。初めてこのアルバムを聴いた時、彼女に関する予備知識が全く無い状態だったのだが、すぐさまギター1本で演奏する彼女の姿が目に浮かんで来て、「かなりストリート・パフォーマンスで場数を踏んだひとの音だ」との感想を持った。実際に彼女のプロフィールを見て私の感じたとおりだったので凄く納得した覚えがある。とにかくこのアルバムほどアーティストの等身大の姿が収められたアルバムも珍しい。とても傲慢な言い方をすると、このアルバムの良さが解らないひとには『音楽ファン』を名乗ってもらいたくないし、音楽を聴くのをやめてもらいたい!!! それほどの名作!!! (2)
相変わらずメンバーの詳細不明の男女8人組、『ベルセバ』ことベル・アンド・セバスチャンの日本では2枚目になるアルバム。女性チェロ奏者のイゾベルがヴォーカルをとる曲や『オルガンの音が飛び回る』インスト曲など新機軸の曲もあるが、スチュアート・マードックの北国の朴訥な人柄が出たヴォーカルと雪のような純粋無垢なサウンドはそのまんま。このアルバムを聴いていると『あさがおのかんさつ』をして芽が出た、つるが伸びた、花が咲いた...といった類のことでいちいち感動していた頃を思い出すなァ。ということで、今『マライア村』や『セリーヌ城』に居る連中が、ベルセバという奴らが流行ってるらしいというだけでやって来て、この『秘密の花壇』を踏み荒していかないことを祈るのみ。アルバムのクライマックスは例のインスト“A
Space Boy Dream”から“Dirty Dream Number
Two”へパァーッと解放するところか。 (3)『世界一悲惨なバンド』マニック・ストリート・プリーチャーズ(以下、マニックス)がリリースした、失踪して相変わらず生死不明状態のリッチー・ジェイムズのクリエイティヴな関与が無い初めての作品。『世界一のデビュー・アルバムを作って解散する』と宣言した無謀な『解散宣言』やそれを撤回したことによる非難の集中砲火、そしてリッチーの失踪...と血がにじむような思いをしてバンド活動を続けてきたマニックスの3人がたどり着いたのは、この悲しくも美しい音楽世界だった...。哀しみがこんなに美しいなんて...。 (4)
今年デビューしたイギリスの新人のなかでは群を抜いてたウェールズの3人組・ステレオフォニックス(ただし本国イギリスでは'97年のデビュー)。乱暴に括ると『オアシスのサウンドにレディオヘッドの歌詞が乗る』と言えそうな彼らだが、レディオヘッドのトム・ヨークが『若いということは苦しいけどこれはどうしようもない』とある種諦めに似た境地を歌ってるとすれば、ステレオフォニックスのケリー・ジョーンズは『若いということは苦しいけどそんなものにはオレは打ち勝ってやる!』と宣言しているように聴こえる。そこがオアシス的に聴こえるのだろうか? ケリーの歌の表現力は『FUJI
ROCK』などライヴで証明済み。 (5)
従来、基本的にピアノの弾き語りで通してきたトーリが、4枚目にしてバンド・サウンドとエレクトロニクスを導入。だけどトーリのエキセントリックな世界は相変わらず独特で他を寄せつけない。“Raspberry
Swirl”は新機軸の音造りの成功例だと思うし、“She's
Your
Cocaine”は少し『キ×ガイ』が入ってる。 (6)
英領バミューダ諸島出身の歌姫・ヘザー・ノヴァのメジャー第2弾。前作『オイスター』と比べると、激しいギターや『森田童子的』といわれた翳ある部分が無くなり、かなり聴き易く親しみやすい作風。ヘザーの曲の特徴であるナディア・ランマンのチェロも自己主張することなく味付け程度。だけど海育ちのヘザーらしい『海のリズム』は健在。“Heart
And Shoulder”や“I'm The
Girl”など佳曲も多い。 (7)
女性ヴォーカリストを含むウェールズ出身の5人組のメジャー2枚目に当たる作品。地声のときは幾分ハスキーで、ハイトーンを出すときはビョークのようになるセリーズ・マシューズのヴォーカルが実に魅力的。クラシックか民族音楽の影響がほのかに見え隠れする“I
Am The
Mob”や、ミジェットの“Canada”と共通するフレーズ???が飛び出す“Road
Rage”など、楽曲も面白い。 (8)
女性の『開かれた性』を歌ったことで一躍時のひととなったリズ・フェアが結婚して1児の母となり、4年振りにシーンに復帰! 「もう昔のようなことは歌わない」そうだが、もともと私が彼女を評価してたのは『過激な歌詞』じゃなく『ミョーなグルーヴ感のある声、そして歌』である。リズってとてもいい声してるのよ、ホントに(少なくとも私にとっては)。特に“Big
Tall
Man”はあの“Supernova”並みにキモチイイ! (9)
去年リリースのアルバム『スウィート・シックスティーン』はタイトルと裏腹にゲロクソまみれ便器が写ったジャケットと、ジャケットどおりのクソな内容で個人的には'97年ワースト・アルバムだったが、このお蔭で『ヴァージン』をクビになった彼らが古巣のインディ・レーベル『Drag
City』に戻りリリースした本作は、ヤクのムードが漂う退廃的な空気をそのままに、楽曲にキレ味が戻っていかがわしさも倍増。これなら笑える。現役モデルがその美貌と裏腹にこんなゲロみたいな声を出して歌ってるというギャップも最高! (10)
元・スローイング・ミュージズのクリスティン・ハーシュのソロ第2弾(バンド解散後、初のソロ・アルバム)。基本的にギター1本の弾き語りでアルバム全体を通している。彼女が同じくギター1本で参加していた『スウィート・リリーフII』の“Panic
Pure”でも感じたことだが、彼女の歌は真っすぐ過ぎて怖い! この世の中には曲がったことが存在しないと信じ切っている少年のような真っすぐな声で聴き手の心に豪速球のストレートを投げ込んで来る。冷静に考えれば、曲として特に優れているのは“Home”くらい...とも思ったりするが、彼女の歌の怖いくらいの真っすぐさにただただひれ伏すのみ...。タイトルに偽り無し! (問題作)
欧米では“Torn”の大ヒットで間違い無く1998年の顔だったナタリー。このデビュー・アルバムも大型新人の名に違わぬような高品質な楽曲で占められている。だけど...このアルバムでナタリーはいったいどのくらい『自分』を出しているのだろう? '90年型女性シンガーの形だけをなぞった志の低いものに聴こえる。そういう意味では(1)位のメアリー・ルー・ロードと180度逆だ。曲はいいんだけどネェ〜。某音楽雑誌の『'98年のベスト・アルバム100選』企画でも同じ理由で100枚から外されていたが、このことをどう考える? ('98.12.23) ヒロくんのプロフィール...富山のローカル洋楽ラジオ番組『KNBポップス'98』の常連。この原稿は『KNBポップス'98』向けに投稿した原稿を発掘、編集したものです。
(2) BELLE AND SEBASTIAN『The Boy With The Arab Strap』
(3) MANIC STREET PREACHERS『This Is My Truth Tell Me
Yours』
(4) STEREOPHONICS『Word Gets Around』
(5) TORI AMOS『From The Choirgirl Hotel』
(6) HEATHER NOVA『Siren』
(7) CATATONIA『International Velvet』
(8) LIZ PHAIR『Whitechocolatespaceegg』
(9) ROYAL TRUX『Accelerator』
(10) KRISTIN HERSH『Strange Angels』
(問題作) NATALIE IMBRUGLIA『Left Of The
Middle』
《総評》
1998年の音楽シーンを一言で括ると『なんにも無かった1年』。シーンに目新しいの動きも無く、目ぼしい新人の登場も無かった。なかには異論を唱えるひとも居るだろうが、アメリカはともかくとして、日本とイギリスのギョーカイ人の間で今年一番盛り上がった話題が『昔のようにCDが売れなくなった』というハナシなんだから(笑)。マライア・キャリーのようにベスト盤をリリースしたり、オアシスのように企画盤を出したり、エアロスミスのようにライヴ盤を発表したり、BECKのようにアーティストの別の側面を見せる異色盤を出したり...と大物とされるアーティストたちは今年、敢えて新作をリリースせず、模様眺めを決め込んでいた。こんななかパール・ジャムやスマッシング・パンプキンズ、ビースティ・ボーイズやR.E.M.はそれぞれのアーティストにとって新機軸の作品を発表しシーンに新しい動きを作ろうとしたが、イマイチ成果が挙がっていないような気がする。そんな'98年に聴いた140枚の新譜のなかから選んだ私のベスト・アルバム10枚は上のようになった。歌心あるヴォーカル作品を数多く愛聴したため、こんなセレクションになったが、1枚『ゲロ』が混じってる(笑)。6位までは文句ナシ。7位〜10位は時期的なバランスと米英のバランスを考えて選んだ(男女のバランスは取りようが無かった...女性強し!!!)。こうして選んだ10枚を見ると『なんにも無かった'98年』にも流れや方向性があったことが判る。『リリス・フェア』以降の女性シンガー・ブーム((1)、(5)、(6)、(10))や、ウェールズのアーティスト((3)、(4)、(7))の活躍が'98年を表わしているのではないかと思う。他に良かったのは、ソフィー・セルマーニ、セイント・エティエンヌ、マーマーズ、ラスプチナ、ジミー・ペイジ&ロバート・プラント、ギリアン・ウェルチ、LEAH
ANDREONE、マーシー・プレイグラウンド、スーパードラッグ、ダヴィーデ・ガーザの作品。最優秀楽曲はメアリー・ルー・ロードの“ライツ・アー・チェンジング”。最優秀アルバム・カヴァーはスーパードラッグの『ヘッド・トリップ・イン・エヴリー・キー』。
今年'98年と同じくらい『なんにも無かった1年』といえば、'93年を思い出す。'93年の場合は翌'94年にBECKとオアシスが登場するという『大変革』が起こった。来年1999年は'94年みたいにトンデモない新人が登場し、シーンを席巻するような気がするのだが...。