−2009年
映画 TOP20− by
Sweeperさん 1位 グラン・トリノ (1位以外順位なし) 2009年の映画は見たい映画を随分見逃している。そんな中でのBEST10はきついはずだけどそれに絞れずまたBEST20になってしまった。2位から20位に別に差は無く好きか嫌いかで好きな映画、素敵な映画、印象に残った映画を選んでみました。 1位 グラン・トリノ ロルナの祈り ベンジャミン・バトン チェンジリング シリアの花嫁 7つの贈り物 ダイアナの選択 ミルク スラムドッグ$ミリオネア レスラー ディア・ドクター サンシャイン・クリーニング エスター キャピタリズム〜マネーは踊る〜 スペル シャッフル アバター アルマズ・プロジェクト パッセンジャーズ イングロリアス・バスターズ (received
'10.2.7) Sweeperさんのプロフィール...故・ウクレレ前田さんのブログ『裏声喫茶』の常連さん。9年続けて『なんでもTOP10』に参加いただき、こっちのほうでもすっかり常連さん。どうもありがとう!
ロルナの祈り
ベンジャミン・バトン
チェンジリング
シリアの花嫁
7つの贈り物
ダイアナの選択
ミルク
スラムドッグ$ミリオネア
レスラー
ディア・ドクター
サンシャイン・クリーニング
エスター
キャピタリズム〜マネーは踊る〜
スペル
シャッフル
アバター
アルマズ・プロジェクト
パッセンジャーズ
イングロリアス・バスターズ
1位だけ選ぶことにしていますが、「グラン・トリノ」のような映画はそうそんなに見れないよなぁと思いつつ1位にしました。
タイトルは72年製造のFORD社のクラシックカーのこと。
クリント・イーストウッドは主演と監督をこなしているが、出演が最後になるという話があるが、なるほどそんな感じを匂わせる演技だった。頑固で無骨な老人が連れ添った奥さんの葬式のところから映画が始まるが、ここでこの話の背景を説明しきってしまうのが分かりやすい。あまりにも頑固で無骨で差別表現を吐き散らす老人は忌み嫌われ、その理解のなさと溝が時にユーモアになってしまうのがとてもうまい。隣のアジア系家族と自分の息子たち家族との対比が実に面白くとても断片ではあるけどアメリカの一面をよくあらわしている。そして、その隣のアジア系家族との交流の中でこの頑固おやじはある決断をすることになるのだけど、その決断が正しいかどうかは別としてそれが過去への贖罪の行為だったのだろうか?その答えはイーストウッドは押し付けることなくあとはみんなで考えてくれ、というところが独特の余韻になっている。
本当にここ数年のイーストウッドの映画は素晴らしいものばかりです。
カンヌ映画祭常連のベルギーの兄弟監督が、茨のような道をまた描く。
麻薬中毒者の男とアルバニアからの亡命女性がベルギーに住むために偽装結婚するという設定。映画は説明的なところを排してこの前作以上にドキュメンタリー的な展開だったりする。ラストの彼女、ロルナの選択を「正解/前向きなもの」ととるか「「間違え/破滅的なもの」と取るかは、見る側の「選択」もしくは「願い」にゆだねられることになるでしょう。
デヴィッド・フィンチャー監督作品
ブラピとケイト・ブランシェットは「バベル」でも夫婦役だったけど別にその延長ということはない。話題になっているブラピの変わりようだけど、むしろケイトの方がせつない気持ちが出ていて巧い。悲しさと優しさを秘めた女性を演じて見事である。
冒頭から出てくる老女が誰だかしばらく分からないのはメイクの力だけではない。数奇な運命なのだし、実際にはあり得ない話が何の抵抗もなく語られている。過去のフィンチャー作品とは違ってトリッキーな演出がなく(すでに設定がトリッキーなので抑えているのかもしれない)、過去のカルト的な映画とは一線を画している。オリジナルかと思いきや、スコット・フィッツジェラルドの短編が原作なのだというが映像化は設定ゆえに今でこそテクノロジーが追い付いて実写化出来たわけである。相手を思いやる愛の映画であり美男美女が演じてさらに美しい映画になりました。
クリント・イーストウッド監督作品
ミスティック・リバーのような重さに似ている。1928年から1935年までの実話らしいのだけど、ここではLA警察の腐敗を描いてるだけで無くてどこか現代にも通じる、そう「セルピコ」のような孤立無援の状態からいかに警察に対して対峙していくのかという話が描かれる。あくまでも面子にかかわることが重要であり、その被害者・事件当事者のことは二の次でそれが当たり前という発想になっている。ここでもイーストウッド監督は暴力の惨さを伝えるのと同時に、無関心でいることへの怒りを伝えている。映像はその分たんたんと事件を追い続け、アンジー扮するシングルマザーが子どもを思う気持ちから人間的に強くなっていくまたその原動力を事細かに伝えていく。
A true
story と最初にクレジットされるところから、こんな歴史があった、ということの単なる映像化というつもりはないのでしょうね。本当にここ最近のイーストウッドの映画は毎回凄みを増している。音楽はイーストウッドの原曲にレーニー・ニーハウスのオーケストレーションに息子のカイルの演奏が元になっている。これも最近の特徴ですよね。
イスラエル占領下のシリア領ゴラン高原での結婚でシリアのダマスカスに嫁ぐ女性。
でもそれは家には戻れないことになる。イスラエルの占領政策が悪いとかシリア政府が云々などという簡単な図式では描かれていない。結婚式に臨む家族の1日の姿がとても興味深い。というのは、ゴラン高原のシリア人についての情報ってものは今まで聞いたことがなかったし、ましてや生活情報については皆無だった。宴会を用意する食事する姿や食事する様子。街の至る所にライフルを構えたイスラエル兵。シリアへの帰属を求めてデモを起こす姿など何も知らなかったし。家族には色々なキャラクターを配置させて時にはユーモアを交えて家族の姿が伝わってくる。色々な人種や言葉が交錯して、ヘブライ語、アラビア語、ロシア語、英語、フランス語が飛び交う。
政府(政治的に)、人間的に寛容になれるかどうか?というテーマが底辺にあるのだけど、少なくても最後は希望が見えるのが幸いである。
ラストシーンに花嫁がちゃんと嫁げるのか否か、明確には答えを出していないけど、そのエンディングの方が現在進行形な問題の提起ということでよかったのだと思う。
Wスミスが暗い役を演じている。しかも今回はドンぱちアクション無しである。ストイックなまでに抑えた人物像にはかなり迫っている。物語はいきなりネタばれになる可能性があるので何とも言えないけど。こうなったからには辛い過去があるのだろうというのが想定できるがそれは主人公のフラッシュバックでだんだんと明らかになっていく。なぜこの暗い男が「贈り物」を施そうとするのか?が分かるようになっていく。最後まで見るとなるほど、ということになる。ただ、その暗い過去がなかったらそういうことをすることに見向きもしなかった訳だけど、それは我々日常の生活者も同じことが言えるのだと思う。行動するきっかけはなんでもいいから始めてみる事の重要さをとらえているのだろうか。
ヴァディム・パールマン監督作品
もし、自分か友人かどちらか死ななくてはならないという選択を迫られたら?という究極から映画が始まる。なかなかネタばれなところが大きい展開なのでどういっていいのかわからないけど、なかなか余韻が残る映画でした。学校内での銃乱射事件に巻き込まれた高校生の女の子2人が事件前、事件の時、そして生き残った主人公の15年後の家庭生活が交錯して描かれるがそのうちどれが本当なのか分からなくなる、現実の不在というべきか過去にこだわり続けているその理由は?というのが終盤明らかになっていく。自己犠牲という言葉を使いたくない状況での究極の選択を迫られたとき、一体頭によぎるものとは?
音楽は「タイタニック」でオスカーを取ったジェームズ・ホーナー。控えめながら心理状態にあう繊細な音楽を手掛けている。
ガス・ヴァン・サント監督作品
ハーヴェイ・ミルクのドキュメンタリーを一部見たことがあるが、主演のショーン・ペンがそっくりな感じで演じている。なるほど、こういう時代があったのだということを再認識するには観て損することはない。ゲイが多いので、この映画に出ている男優たちもほとんどゲイ役というのも確かに妙と言えば妙かもしれない。これほどゲイの人だけしか出てこない映画も珍しいからだ。すでに結末を知っている物語を観るのは少々辛い。ゲイということで人間扱いしない人たちや蔑んだりするシーンが出てくるのがこれほど強烈に嫌悪感を持ったことがない位だった。映画はあちら側から撮っているのでなくその中から撮られているので違和感を感じつつも一緒に権利を勝ち取る側に僕らもいる感覚になっている。難しい映画だと思うし、これを作る決意した人たち。参加した人たちは素晴らしい。
これは一見イギリス人監督が撮ったものには見えない。全編ムンバイでの撮影だから。
幼少から青年までの子供たち3人の成長とその環境の変化、社会情勢、貧困、それにオーバーラップするように大金が手に入るクイズ番組がかさなる。どうしてスラム育ちの青年が全問正解まであと一つというところまで行ったのか?その過程がつらく悲しいエピソードだからこそ忘れないリアルな回答を持っているわけである。監督ダニー・ボイルは冗漫になりがちなインド映画を許さずテンポよくカット割りして主人公たちを走らせA.R.ラフマーンの音楽を切なくもリズムカルに挿入している。現代のインドの姿をなかなか見ることが出来ない我々にはこの映像はかなり生々しい。宗教的対立、貧富の差、暴力。
そんな中で貫き通す主題を最後に持ってきて、おまけ的(お決まり的に)にみんなでダンスまでしてしまう。
完全にインド映画していました。
ダーレン・アロノフスキー監督作品
ミッキー・ロークである
まさに、ミッキー・ロークである
ミッキー・ロークのための映画、ここまで体を張ってもう一回晴れ舞台に立ちたい男を演じるにはこの男しかない、そんな内容に、ほとんど出ずっぱりでミッキー・ロークは応えた。映画の冒頭、意図的な後姿を追うドキュメンタリー的なショットが続き、家を閉め出されて車で夜を明かさなくてはならなくなったその時に、初めて主演の顔が映し出される。レスリング会場の舞台裏、レスラーはみんなそれぞれをリスペクトして仲良く協力してレスリングという興業を盛り上げて稼ぎを得ようとしている。それは話では聞いていたけど驚くほど和やかで、またカメラはその実態を伝える映像のようなドキュメンタリータッチで見させてくれる。おそらくは舞台裏を凝縮したようなものを見せたかったのだろうと思う。そして、季節は冬、地方都市、トレーラーハウスに、飲む酒場はストリップ小屋。
みんな景気の悪い人生を送っている人たちのような、派手な人間が出てこない。派手に演出されたレスリングやストリップ小屋で自分が一瞬変われるのが救いなのか?いや違う、そうじゃないだろう、そんな気持ちが伝わってくる。
助演のマリサ・トメイも久しぶりに「晴れ舞台」な役で印象をのこすけど、長髪ブロンド(染めている)で、マッチョで、不器用な「ザ・ラム」役のミッキー・ロークの頑張りだけで何故かドラマが完結してしまった。
笑福亭鶴瓶主演で前作「ゆれる」で高い評価を得た西川美和監督の新作
高齢者が多い過疎な農村の暑い夏、突然起きた「事件」に村民がみな驚く。
そこから、進行形の話とそれより前の話が交錯して映画は進んでいく。このあたりがサスペンスな感じである。でもそれと同時に笑福亭鶴瓶のユーモアも相まって深刻さがない。そのうちサスペンスな雰囲気がファンタジー的な内容になってくる。医者の本質とは何か?ということを考えさせつつ決して結論は出さずにしているのは正解だと思う。
脇で出てくる余貴美子、井川遥、香川照之、八千草薫、という人たちがとても盛り上げている。ただ、ラストシーンは入れるべきではなかったのでは?という気持ちがあります。あれは少しセンチメンタルな終わり方ですよね。
まあ、巧い演技者の舞台劇のようで堪能しました。
負け犬な姉妹の奮闘がニューメキシコの片田舎で繰り広げられるでこぼこな三十路の姉妹。
日本でも「おくりびと」が大ヒットしたけどこういう非日常的なニッチな産業・仕事の苦労がユーモアを交えて描かれてくる。主演の姉妹が演技巧くてまるで舞台劇のような趣があって結構見せる映画になった。クスクス笑える部分と身につまされる現実、かさついた人間関係、亡き母の記憶と現実生活、子どものあり方などいろいろな側面を見せてくれる。
原題は「孤児」、死産した夫婦が孤児を養子にとったはいいけどとんでもない災難が家族に降りかかる、という話。なんだか、チャッキーが女の子になったかのような展開なのだ。結構怖いし迫りくる恐怖が身に迫ってくる感覚が冷や冷やする。
結末や展開がサスペンスなのであまり言えないけどこれは深い心の闇と葛藤につけこんでくる心理とそれを打ち返せない人間の弱みがリアルだ。
世界不況になった原因を突き詰めていく内容です。
リファイナンスというシステムに中小所得層がのせられて破たんするのはわかっていながら野放図にして当の最高責任者は株を巧く売り抜けて政府の金融支援の救済を自分らの懐に入れてしまったトンデモナイ事態にアメリカ人がアメリカンドリームの象徴でもある一流企業に真剣に怒り始めた。日本ではニュースにならないことをここでは事細かに伝えてややオーバーにしてしまうところもあるけど、前作同様矛盾を指摘している。「ロジャー&ミー」で描いた光景は本当に全米に波及していってしまったわけですね。
サム・ライミ監督作品
現代が地獄に引きづり込む。。。というおどろおどろしいタイトル
タイトルそのまま、功名心がはやったマネージャーを狙う銀行女性行員が融資を気味の悪い老女の断ったばかりにジプシーの呪いをかけられる話。ジェットコースター的に身がよだつようなシーンがあれば「やりすぎ」なグロいシーンであったり。また怖がりつつも老女と対決するような姿勢を持ったりとちょっと違ったホラーだったりする。最後は落ちが分かる人にはわかるけどそれやるか、というオチでしたね。サム・ライミやるなぁ。これもカルト映画になる素養十分ありです。
別にテーマとか主題とかでなく底知れない呪いの不気味さ、そして老女の気色悪さ、俗悪なのは老女なのかそれとも若い主人公の女性なのか?別に教訓を言うまでもなく人間が一番怖いということを教えてくれる。
原題はPremotion
サンドラ・ブロック主演で時空がよじれるサスペンス。
あれ、これって牧瀬さん主演の「ターン」じゃない?
旦那さんの交通事故と信じることと家族のきずななど詰め込み過ぎなのだけど。
現実なのか夢なのか一晩寝ると変わってしまう毎日が続く。これを断ち切るには信仰が必要と説く神父。コメディが多い印象だけど抑えたサンドラ・ブロックの演技は悪くない。
ラストシーンでのお腹を押さえるところが何かと議論を呼びそうなコマかもしれない。
朝目覚めて娘たちが何事もなかったように引っ越しを喜んでいて主人公を起こしに来る。これが現実か旦那が生きているのか死んでいるのかは、信じるかどうかはあなた次第という何とも示唆を残す終わり方ですね。信じることは。。。を主人公にではなくて観る側に委ねているんですね。
ジェームズ・キャメロン監督の復帰作
ジェームズ・キャメロン監督はこの映画がコケなくてほっとしていることでしょうね。10年以上映画製作出来ていなかったところでのこの映画は本人にとっても起死回生の1打だったことでしょうね。テクノロジーの粋を集めて3D映像に仕立てて、地球以外の惑星を舞台にするSFものでありながら自然回帰や侵略主義への警鐘を歌いあげている。
映像は3Dで観て欲しい映画だしその理由も映像を観ればわかるはず。後半はどこか既視感があるようなやや強引な展開に?を感じつつも、設定はAvatar(分身)という自分がいつつも違う自分を操れるという聞いたことがある設定に考えさせられるところにも、全編通したダイナミックな映像にいつの間にか納得している。魔法にかかったような2時間強の映画の世界でした。どうでもいいけど、VAだからヴァってくるはずなんだけど一般受けしないのだろうという配慮なのでしょうね。音楽はタイタニックでオスカーを得たジェームズ・ホーナー、シンフォニックダンスのような手の込んだ音楽でこれはまたサントラだけでも楽しめそうな音楽だ。
ロシアの人口衛星「アルマズ」が突然交信が途絶えてウクライナに落下。そのブラックボックス内にあった映像とデータにその落下をめぐる謎を解くヒントがあった。しかしその解析には10年の時間がかかった。という話。
これは実話?フィクション?俳優たちの演技、演出のようにも見える。でもその割には?なところもある。ブレアウッチや日本の「ノロイ」のようなドキュメンタリー形式のフィクションなのか?それとも全くの事実なのか?これだけだと何とも判別できない。そのまま鵜呑みに信じていいものか悲劇は単なる俳優さんの演技と演出された形式の技なのか?
これを信じるならロシアやアメリカはこの事実を知っていてこの人工衛星が宇宙からのメッセージ受け取ったということをどう解釈すべきなのだろうか?
ロドリゴ・ガルシア監督作品 アン・ハサウェイ主演の映画。この人は美人なのだけど色々な役がこなせることを証明している。難しい役柄をなりきっているので感情移入出来る。
墜落した飛行機事故での生存者のPTSDを取り除くための医師とその過程のなかでそこはかとなくサスペンスが漂い、見えない力や陰謀めいたものを感じさせるわけである。恋愛モノのような色合いがあってどうなるのだろうと思っていたら、小道具やプロットそして脇役にも随分こった設定がされていて色々な脇役が配置されている。結末やその話の詳細は書けないけど、切なくなる気持ちが強い。
クエンティン・タランティーノ監督作品
フランスを舞台にナチ狩りをするユダヤ人を中心とした集団を描く。
これは。。。途中から言葉を失う。歴史を描こうというつもりはさらさらなくナチを敵にした娯楽(ともいえない嫌悪感も伴う)作としてこの映画を作り上げてしまった。あらゆる期待からそれていく映画でここまで期待を裏切りまくる映画もないでしょう。ドイツ人が観たらどう思うのだろうか?ユダヤ人には受けるかもしれないけど。とはいえ最後まで見せつける力作でもあります。