He's a little bit afraid of dying-
But he's a lot more afraid of your lying
(“The Weapon”より)

RUSH--Signals
RUSH『シグナルズ』
(1982年、国内盤 : イーストウエスト AMCY-2297)
1. Subdivisions 2. The Analog Kid 3. Chemistry
4. Digital Man 5. The Weapon 6. New World Man
7. Losing It 8. Countdown

produced by RUSH and Terry Brown

 数あるRUSHのアルバムのなかから1枚だけ聴くとしたら、どれがいいか?...って訊かれた場合、私は『MOVING PICTURES』を推薦します。『MOVING PICTURES』を入口にRUSHを聴いた場合、遡って昔のRUSHを聴いても違和感ないだろうし、最近のRUSHもの抵抗なく受け入れられるだろうから。では、「ヒロくんの一番好きなRUSHのアルバムはどれですか?」って訊かれた場合には、どう答えるかというと...通算11作目の『SIGNALS』を強く推します!!!
 スタジオ作品としては前作に当たる『MOVING PICTURES』の全米大ブレイクでビッグ・ネームの仲間入りを果たし、前作のライヴ盤『EXIT...STAGE LEFT』でそれまでのキャリアの総括をしたRUSHが1982年にリリースした『SIGNALS』は、彼らの歴史のなかでも一番の驚愕作として受け止められたハズです。「...ハズです」って書いてしまうのは、私自身が当時の時代の空気をリアルタイムで知らないからだけど(笑)。『MOVING PICTURES』でいわゆるプログレ・ハードの作風を確立させたRUSHが、突如今までのハード・ドライヴィンなギター・サウンドを封印。当時のミュージック・シーンを席巻してたニュー・ウェイヴやテクノからのエッセンスをカッパラって、キーボード主体の近未来路線に踏み出し始めた記念の第1歩がこの作品。今までの作品とは違い、オープニングの“Subdivisions”のイントロからいきなりシンセの音色が迫ってきます。この『SIGNALS』でニュー・ウェイヴ/テクノふうのディジタル化を推進したRUSHは次の『GRACE UNDER PRESSURE』でもこの路線をさらに押し進めます。この『SIGNALS』と『GRACE UNDER PRESSURE』の2枚は今の耳で聴いても古さは感じないね。次の『POWER WINDOWS』や『HOLD YOUR FIRE』のほうがシンセの音色に'80年代的きらびやかさがあるがゆえに、かえって今の耳には古臭く聴こえるけど...。このキーボード主体の近未来路線に踏み出したお蔭でゲディ・リーはライヴでは機材に囲まれるようになり、曲によってはヴォーカル取りながら左手でキーボード弾いて右手でベースの開放弦弾いて足でベースペダルシンセサイザー踏むという、もはや曲芸とさえ呼べる域に達したマルチプレイを演るハメに陥り、「何だ、このオッサン。変態だ!」(『BURRN!』前田岳彦...笑)と呼ばれるようになってしまいます...(笑)。そんなディジタル化路線のはしりとなった『SIGNALS』の収録曲を見ていきましょう。
 “Subdivisions”は私の大好きな曲。1日1回は必ず歌ってます(笑)。♪Some will sell their dreams for small desires〜Or lose the race to rats〜Get caught in ticking traps〜And start to dream of somewhere〜To relax their restless flight...(しがない欲望のために夢を売り払うものもいれば/または裏切りの競争に破れ/罠にガッチリと捕えられ/なおも止むことなき飛翔をなだめるべく/どこか他の地を夢見るようになる者もいる)って節に、訴えかけてくるものがあってねぇ(笑)。私は、夢を売るのも、罠に捕わるのもイヤだね(笑)。
 “The Analog Kid”も私のだぁ〜い好きな曲です。この曲のエンディングの歌詞が特に好き! ♪When I leave I don't know〜What I'm hoping to find〜When I leave I don't know〜What I'm leaving behind...(旅立ちの時、僕は/自分で何を見つけようとしているのかを知らない/旅立ちの時、僕は/自分が何を後に残していくのかを知らない...) この何かを捜す作業こそ、「生きていく」ってことじゃないのかなぁ...。誰か答え、おせーて(笑)。
 “Chemistry”(邦題は“化学”)は、ゲディ・リーとアレックス・ライフソンが歌詞に関与した今のところ最後の曲。この後に発表された曲はみんなニール・パート(もしくはパイ・デュポアとの共作)が作詞を手掛けてる。余談ですが、私が大学で化学を専攻したのは、この曲の影響です...って言いたいところだけど、卒業するのに7年もかかってたらシャレにならんねぇ...(苦笑)。勿論、私が大学で化学を専攻したのはこの曲のせいではなく、高校の時の得意科目だったからです。こう書いとかないと、大学時代の恩師の教授に「学問をナメてる!」って叱られるもので...(汗)。わぁ〜、ゴメンナサイ(ぺこり)。
 “Digital Man”はゲディ・リーのベースが目立つ曲です。Zion/Babylon/fly on/Avalon...など韻の踏みかたが見事! ここまでが旧アナログ盤のA面に相当します。
 スタジオ前作『MOVING PICTURES』の「Part III」(“Witch Hunt”)から逆順に発表されている『Fear』3部作の「Part II」に当たる“The Weapon”(邦題は“恐怖兵器”)はイントロのハイハットのオープン/クローズの連続からして印象に残る曲。「死ぬことは多少怖いけれど、あなたの嘘のほうがもっと恐ろしい」という歌詞のフレーズが印象的。
 “New World Man”は全米チャート『Billboard Hot 100 Singles』で最高21位を記録した彼らのチャート上最大のヒット・シングル。なにしろ、今のところ唯一の『TOP 40 ヒット』なんだから(笑)。この曲ではレゲエを取り入れ、ヴォーカルをスティングに差し換えたらそのまんまポリスに聴こえるって、当時の日本盤のライナー・インタヴューでラウドネスの高崎晃と山下昌良も語ってました。
 “Losing It”(邦題は“失われた夢”)は、昨日まで出来たことが今日から出来なくなっている...些細だけど、当人にとってはショックな出来事がテーマ。この歌詞に登場する「空っぽの原稿用紙に挑んでる」作家とは20世紀文学の巨匠、アーネスト・ヘミングウェイであることは有名な話。この曲にはカナダのプログレ・バンド、FMのベン・ミンクがエレクトリック・ヴァイオリンでゲスト参加。この時培った友情は18年後の2000年にリリースされるゲディ・リーのソロ・アルバム『MY FAVORITE HEADACHE』へのベン・ミンク全面参加という形で実を結ぶことになります(笑)。
 “Countdown”はRUSHの3人がNASAの施設を見学した体験をベースに書かれた曲で、NASAの飛行したちの交信の模様のS.E.が入ります。
 同じニューウェイヴ/テクノ路線といっても、'80年代半ば以降にリリースされる『POWER WINDOWS』や『HOLD YOUR FIRE』と違ってポップさはあまり感じないね。ま、ポリスみたいな“New World Man”は別だけど。ポップさがないと言っても、暗さもこのアルバムからは感じない。当時の日本盤のライナー・インタヴューでラウドネスの高崎晃は「風格のある音しとる。(中略) チベットの山岳寺院というか、なんか独特やナ」と『SIGNALS』のサウンドを表現してますが、この表現、実に的を得てると思うんだけど(笑)。高地の涼しさや、空気の薄い感じ(笑)に通ずる雰囲気がこのアルバムにはあります。そういえばこのアルバムのジャケットに使われてる色使い...明るくもなければ暗くもない薄いグリーン...は如実にこのアルバムの内容を示してるような...。
 アルバムのアートワークといえば、このアルバムの裏ジャケには、土地分譲区画図のような図面が載ってますが、この図面の左上には、密かに『WARREN CROMARTIE』って文字が...。

『SIGNALS』の裏ジャケ

左上を拡大すると...

 この『WARREN CROMARTIE』とは、'80年代中頃から'90年代初頭まで東京讀賣巨人軍に在籍したウォーレン・クロマティーのことです。このアルバムがリリースされた当時、クロマティーはまだ来日前でエクスポズに在籍してたのかな。RUSHのメンバーと親交があったようです(笑)。特に野球マニアとして知られるゲディ・リーと仲がよかったようで、クロマティーがドラマーとして活躍するロック・プロジェクト・CLIMBが'88年にリリースした最初で最後のアルバム『TAKE A CHANCE』に、ゲディ・リーが1曲バック・ヴォーカルで参加してます(“Who's Missin' Who”)。私はこの1曲のためだけにCLIMBのアルバム買ったなあ(笑)。オマケに付いてきたポスター(クロマティーがドラムを叩いてる図柄)はすぐに捨てたけど(笑)、CDは今でも持ってます(笑)。
 RUSHのメンバーが野球好きなのは、先に述べましたけど、この『SIGNALS』のパーソネルには草野球のポジションまで書いてます。ゲディ・リーはピッチャー、アレックス・ライフソンは一塁、ニール・パートは三塁守ってます(笑)。ちなみにプロデューサーのテリー・ブラウンはレフト、エンジニアのポール・ノースフィールドはセンターが守備位置(笑)。ゲディ・リーは野球趣味が高じて、後に地元・カナダのトロント・ブルージェイズがワールド・シリーズに出場した時、試合前のカナダ国歌斉唱の大役を果たすことになります。
 個人的な話で申し訳ないけど、実はこの『SIGNALS』こそ、私が初めて聴いたRUSHのアルバムたったりします。でも、そのことと、私がこのアルバムをRUSHの最高傑作に挙げることとは一切関係ありません。このアルバム聴いてRUSHのファンになったワケじゃないし、初めて買ったアムバムは『POWER WINDOWS』だし...(笑)。この『SIGNALS』の日本盤アナログには日本盤特典『RUSHファン・ブック』なるブックレットが付いてたことからも解るように当時の日本のレコード会社・EPICソニーはRUSHのプロモーションに力入れていて、その成果があったのか、オリコンのアルバム・チャート(邦楽洋楽合同)でも初めてRUSHがランク・インしました。メディアでも結構取り上げられていて、NHK富山FMのローカル番組に当時あった、アルバム丸ごとかける番組で流れてるのを聴いたのかな? ここらへんの記憶は曖昧だけど、当時、私の友人にRUSH好きの兄弟が居て、彼の家に友人たちと遊びに行った時、彼の家で『SIGNALS』聴いたのは今でもよく憶えてます。特に“The Weapon”のイントロのハイハットのオープン/クロース連射をね。フフフ...(意味深笑)。私がRUSHにハマったのは『POWER WINDOWS』からだから、最初はこの独特の『SIGNALS』の雰囲気が好きじゃなかったんだよね。だけど、大学留年したあたりからこのアルバムが大好きになりました。ははは〜!!!

('01.9.1)

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