アッシュの目論みはどこまで達成できたのか〜アルバム『A-Z Vol.1』リリースによせて〜

 2007年発表の5thアルバム『トワイライト・オブ・ジ・イノセンツ』のリリースにあたって、アッシュのティム・ウィーラーが「僕らの最後のアルバム」などと発言したため、ビックリしたファンも多かった。この発言には、バンドを解散させるからこれが最後のアルバムになるという意味は勿論無く、今後はもうCDというフォーマットでアルバムを制作することはなくシングル曲のネット配信という形にシフトしていきたいというのが彼らの真意だった。この時、ティムが受けたインタヴューには次のようなものがある。

 彼らは、制作に時間がかかり、リリースするときにはある意味曲が古くなっているアルバムというフォーマットではなく、作ったばかりのフレッシュな状態のシングルを発表していきたいという。「ニューヨークにスタジオを持ってる。だから、やろうと思えばレコーディングした次の日に曲をリリースすることだってできる。新鮮な状態のまま、みんなに届けることができるんだ。俺たちはそれをする最初のバンドだ」

(『BARKS』 2007/6/14付より)

 この話をみて、私が思ったのは、「アッシュの大掛かりな来日はこのアルバム『トワイライト・オブ・ジ・イノセンツ』に伴うツアーが最後になるな」ってこと。世の中の殆どのアーティストのコンサート・ツアーは、商業主義に乗っていれば乗っているほど新作のプロモーションの意味合いが強くなる。新作も出てないのに、大掛かりなツアーは組まないのがフツウだ。アッシュの熱心なファンのなかには、毎日彼らのウェブサイトにアクセスし、新音源がアップロードされてるかのチェックを怠らないようなひとも居るだろうけど、「アッシュも聴くけど、他のアーティストも聴く」といった私を含めた大多数の音楽ファンは、『BARKS』や(笑)『CDジャーナル』や『bounce』や『rockin' on』などのWebサイト等で「アッシュ、新曲をダウンロード限定で発表!」というニュースが大々的に流れない限り、彼らのサイトにアクセスしないだろう。そうこうしてるうちに、一般音楽ファンのなかでは、他のアーティストたちに関する膨大なニュースに埋もれるような形でアッシュが占める割合は小さくなっていくし、音楽メディアも彼らのことを取り上げなくなっていく。「新作CDをレコード会社から出す」という行為に伴い、レコード会社が雑誌に広告をうつ→音楽雑誌にもインタヴューやレヴューが載る→一般の音楽ファンの間でも話題になる→プロモーターが来日公演を企画する...という流れが生じることで、良くも悪くも今までの音楽ギョーカイは廻ってきてたんだから...。音楽雑誌にもインタヴューやレヴューも載らない配信オンリーに完全に移行してしまったら...? もし、ホントにそうなれば、彼らを招聘しようとするプロモーターも無くなっていくのでは...と考えた私、彼らの行く末を心配し、「さらば、アッシュ」という記事をこのコーナーに載せようかと思ってたくらい(爆笑〜!!! ま、多忙につき執筆に充てる時間は無く、実際に記事を書くことは無かったが)。また、「ホントに配信オンリーに移行出来るの?」という『お手並み拝見』的な気持ちもあったことは事実だ。
 勿論、アッシュ自身はそーゆー音楽ギョーカイのルーティン・ワークに異を唱えるというか、ギョーカイ・ルーティンから離れたところで活動したいという思いが強いから音楽配信に乗り出すことを考えたんであって、私なんぞに指摘されずとも前述のリスクは百も承知。彼らが行っていた音楽配信『ジ・A-Zシリーズ』は、2週間ごとに1年間で26曲新曲を発表するもので、事前に26曲予約購入手続きをしておけば新曲発表の度に配信連絡が届くそうで、いちいち彼らのサイトにアクセスし、新曲の配信開始の有無をチェックする煩雑さも不要。彼らに対してそんなに熱心じゃないファンが毎日サイトにアクセスするのか?といったような心配に対する対策もしっかり取られてる(苦笑)。
 今回、『ジ・A-Zシリーズ』として発表してた音源のうち、半分の13曲を1枚にまとめるアルバム『A-Z Vol. 1』をリリースすることになり、「やっぱりCD出したじゃん!」と思うとともに、安心したのも事実。この音源集のリリースに伴い実際に日本でライヴを演りに来ることも出来たし、早々と『フジ・ロック』出演も決まった。少なくとも、今の日本における現状では、やっぱりCDで音源を出す効果は絶大なのだ。

 

A-Z Vol.1

(国内盤 : よしもと YRCG-90034〜5)
1. Return Of White Rabbit 2. True Love 1980
3. Joy Kicks Darkness 4. Arcadia 5. Tracers
6. The Dead Disciples 7. Pripyat 8. Ichiban
9. Space Shot 10. Neon 11. Command
12. Song Of Your Desire 13. Dionysian Urge
14. War With Me 15. Coming Around Again
16. The Creeps  17. CTRL-ALT-DEL
18. Do You Feel It?

 で、肝心の音のほうだけど、アルバムを作るんじゃなくて、シングル曲を作りたいという意識が功を奏し、グレイテスト・ヒッツ的(シングル・コンピレーション的)な華やかさがあり、前作『トワイライト・オブ・ジ・イノセンツ』で聴きかれたような黄昏感というか暗さは微塵も感じない。まるで、2001年の名盤『フリー・オール・エンジェルズ』の頃を思わせるフレッシュさと躍動感を取り戻したかのよう。賛否ある(と思われる)『ジ・A-Zシリーズ』のシステムじたいの功罪については今後改めて検討されることになると思うけど、少なくとも音楽性面について述べるなら、「やってよかった」ってことになるだろうね。
 今回はこうしてネット配信してた曲をCDというフォーマットでリリースしたけど、彼らはまだ完全ネット配信オンリーを諦めてはいない。今後必ず配信限定に移行するそうだから、その時にいったいどうなるか、彼らの動きに要注目と思っています。

(2010.5.25)

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