細々とフッカツ ポーラ・コール

 1997年度の『グラミー賞』の最優秀新人賞を獲得し、1990年代後半のアメリカのミュージック・シーンを代表する女性シンガーのひとりに数えられる存在になったものの、21世紀に入ってからの消息がパッタリと途絶え、すっかり忘れられた存在になってしまったポーラ・コール。2000年にポーラ・コール・バンドとして初来日をした後の活動状況について知らせてくれるメディアも無く(彼女のようなアーティストを積極的に取り上げてた『FM Fan』の休刊が痛い。『ロッキング・オン』や『CROSSBEAT』は日本盤が出ればレヴューはするだろうけど、インタヴューまでは取らないだろうし...)、過去の作品の日本盤も廃盤or入手困難になって久しい。だけど、2006年にベスト盤『Postcards From East Oceanside』をリリースしてから、また彼女の活動状況が活発となっているようで、2007年には8年ぶりの新作『Courage』を発表。5年以上全く音沙汰が無かったのに、ここ2年でスルスルと動きがあったものだから、彼女のファンにしてもれば、永年待ち望んてた状況にようやくなった...といった感じだろう。残念ながら、ベスト盤も新作も日本盤リリースの動きが無く、「ポーラ・コール復活!」が現在の音楽シーンに何らインパクトを与えていないのが残念だが...。
 私がポーラ・コールという女性シンガーの存在を知ったのは、音楽雑誌『CROSSBEAT』の1997年3月号。この頃の『CROSSBEAT』には中川五郎さんの『歌詞99.9F』というコラムが毎月連載されていて、毎回月替わりで中川さんのお気に入りのシンガー/ソングライターを取り上げてプッシュしていたんだけど、このコラムはとても参考になった。このコラムを機に存在を知ったアーティストはたくさん居る。で、その号で取り上げられていたのが、ポーラ・コール。このコラムでは、彼女が1994年のピーター・ガブリエルの『シークレット・ワールド』ツアーのバック・ヴォーカリストとして来日したことがあることなどを紹介し、「(ピーター・ガブリエルのライヴで)ピーターと見事なデュエットを聴かせてくれたが、レビューなどで彼女のことはほとんど取り上げられなかったと記憶する」、「(日本では)ほとんど無視されているも同然の冷たい扱いを受けている」などと中川さんは彼女を全然評価しようとしない日本の音楽メディアへの恨み節(?)を連発した後、ポーラの素晴らしさについても文中でアピールしてた。ポーラ・コールの紹介が日本で遅れたのは所属レーベルの『Imago』の契約が宙に浮いた影響が多分にあって、『BMG』から『Warner Bros.』傘下に移る手続きが終了するまでは日本のレコード会社は手を出せなかったワケ。しかし、TVドラマで使われた影響で、2ndアルバム『ディス・ファイア』から“I Don't Want To Wait”と“Where Have All The Cowboys Gone ?”がヒットし、『Billboard』チャート上で急上昇すると、1stも2ndも日本で同時にリリースされた。中川さんのコラムをみてポーラ・コールという女性シンガーに興味は持ったものの、実際に彼女の音楽を聴いたのは、1997年の年末に『ディス・ファイア』を買ってから。当時のミュージック・シーンはアラニス・モリセットの『ジャグド・リトル・ピル』の大ヒットによる女性シンガー/ソングライター・ブームがあり、私もいろんな女性シンガー/ソングライターたちの作品を聴き過ぎて女性シンガー/ソングライターに食傷気味になってたけど、『ディス・ファイア』のアタマの3曲が持つ切迫感・緊迫感に耳を引かれた。特に、“Throwing Stones”の焦燥感は特筆モノで、「今すぐここじゃないどこかに行かなければ」という感じにさせられた。後から、この曲の歌詞じたいにこのような表現があり、歌詞どおり忠実に楽曲を組み立ててたことが分かり、舌を巻いた。また、声楽をやってたためか、ハイトーンの伸びも凄く、ピーター・ガブリエルがケイト・ブッシュの代役に“Don't' Give Up”歌わせたことはあるよなぁ〜」と、随分と納得したものだ。
 この時点では日本では「ポーラ・コール=アメリカだけでブレイクしてるひと」という評価に留まり、まだまだ一般的な存在とはなっていなかったんだけど、1994年にデビューしてる彼女が何故か1997年度の『グラミー賞』で最優秀新人賞にノミネートされ、同賞を獲得したお蔭で日本でも注目を浴びるようになる。女性シンガー/ソングライター・ブーム(アラニスのブレイク以後も、サラ・マクラクラン主宰の女だらけの音楽フェスティヴァル『リリス・フェア』の影響もあり、ずっと女性シンガー/ソングライターがブームであり続けた)の波に乗り、3rd『アーメン』(ポーラ・コール・バンド名義)リリース後には
来日公演を行うなど、日本でもそこそこの人気を得た。ここまで活動状況は順風満帆だったんだけど、来日公演を観に行った私ですら、まさか、このライヴの後にこんなに活動が停滞するとは...(苦笑)。
 “I Don't Want To Wait”と“Where Have All The Cowboys Gone ?”いう大ヒット曲を持つ彼女をつかまえてこんなことを言うのはおかしいけど、ポーラ・コールの音楽には芸術的気高さがあり、取っ付きにくい敷き居の高いモノであって、一般ウケしそうなところは少ない...と思う。逆に彼女の音楽の本質から外れた2曲が意に反して大ヒットしてしまったことが、世間から求められるポーラ・コール像と自分の演りたい音楽の乖離を生じ、長く活動が滞る原因になったのでは...と勝手に思ってます。ま、彼女のインタヴュー取ってくれる日本の音楽メディアはないだろうから、ここらへんの疑問が解決する時は来ないだろうけどね...(苦笑)。
 8年振りにリリースされたニュー・アルバム『Courage』には、商業的重圧を殆ど感じずにのびのびと音楽を創造したポーラが居ます(苦笑)。
彼女の来日公演で、オリビア・ニュートン・ジョン(“Jolene”)とレッド・ツェッペリン(“Black Dog”)の曲をカヴァーしたのを観て、「ポーラ・コール=(オリヴィア・ニュートン・ジョン+レッド・ツェッペリン)÷2」と彼女のことを認識してたんだけど、新作聴いてこの認識に自信が無くなってしまいました...(苦笑)。


2nd『ディス・ファイア』リリース時のポーラ・コール

Paula Cole Discography

Harbinger

(import : Imago/Warner Bros. 9 46041-2)
1. Happy Home 2. I Am So Ordinary 3. Saturn Girl
4. Watch The Woman's Hands 5. Bethlehem
6. Chiaroscuro 7. Black Boots 8. Oh John
9. Our Revenge 10. Dear Gertrude 11. Hitler's Brothers 
12. She Can't Feel Anything Anymore
13. Garden Of Eden 14. The Ladder
 1994年にリリースされたデビュー作。日本では2ndと同時リリース(1997年夏)。アチ写がショート・ヘアなのが後からの彼女しか知らない目には新鮮に映ります。軽快なリズムがロック的な“Saturn Girl”だけがミョーに浮いてる(苦笑)。呪術的でエキゾチックなアレンジを施してる“Chiaroscuro”、暗く重いピアノのイントロが印象に残る“Black Boots”、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロを導入して劇的に迫る“Our Revenge”、実際のヒトラーの演説(?)をS.E.に使った“Hitler's Brothers”が特徴的。

This Fire

(import : Imago/Warner Bros. 9 46424-2)
1. Tiger 2. Where Have All The Cowboys Gone ?
3. Throwing Stones 4. Carmen 5. Mississippi
6. Neitzsche's Eyes 7. Rord To Dead 8. Me
9. Feelin' Love 10. Hush, Hush, Hush
11. I Don't Want To Wait
 本国では1996年10月にリリースされたセルフ・プロデュースの2ndで、日本では翌97年6月に発売。このアルバムからは“Where Have All The Cowboys Gone ?”と“I Don't Want To Wait”が大ヒットを記録し、彼女の代表曲となっていく(“Where Have All The Cowboys Gone ?”は、サラ・マクラクランの“Plenty”からの影響?)。他にも、自己紹介曲(苦笑)の“Me”もポップ。収録の半分は神々しさを感じるくらい気高い音世界を披露してるものが多く、デビュー作に比べるとピアノの比重が増えてる。ロック・ファンにもウケるであろう激しい“Throwing Stones”、ピーター・ガブリエルがゲスト・ヴォーカルで参加してる“Hush, Hush, Hush”も出色。やっぱり大ヒットを記録したこのアルバムが初心者には一番薦め易い。
 ピーター・ガブリエル人脈つながり(?)でベースにトニー・レヴィンが参加。表ジャケと裏ジャケでヌードを披露してる件については、ノー・コメント(苦笑)。

Amen.

(import : Imago/Warner Bros. 9 47490-2))
1. I Believe In Love 2. Amen 3. La Tonya 4. Pearl
5. Be Somebody 6. Rhythm Of Life 7. Free
8. Suwannee Jo 9. God Is Watching
 1stアルバムに参加してたギタリストのケヴィン・バリー、1stと2nd両方に参加してたドラマーのジェイ・ベルローズとポーラの3人よるポーラ・コール・バンド名義による、1999年リリースの3rd。プロデュースは前作に続き、ポーラ自身。
 『グラミー賞』受賞効果かどうか解らないけど、前2作にあったエキセントリックだったり女の情念ドロドロだったりの葛藤が攻撃的なサウンドになって表れた部分が少なくなり、同時に一般ウケするポップな部分も少なくなったため、刺激と起伏の少ない作風となった。ラップの手法をとりいれた“Rhythm Of Life”を除くと、サウンド的に仕掛けが少ない。そこそこのヒットを記録した“I Believe In Love”こそストリングスを厚く導入し、派手派手しいが、全般的に音数も減少しサウンドが薄い。これは、ポーラ・コール・バンドというバンド形態にこだわったかもと思うのは穿ち過ぎ? “God Is Watching”が一番前2作のポーラのイメージに近いかも。

Postcards From East Oeanside ・ Greatest Hits

(import : Warner Bros./Rhino R2 77616)
1. I Am So Ordinary 2. Me 3. I Believe In Love
4. Where Have All The Cowboys Gone ? 5. Amen
6. Feelin' Love 7. I Don't Want To Wait
8. God Is Watching 9. Carmen 10. Happy Home
11. Autumn Leaves 12. Saturn Girl 13. Hush, Hush, Hush
14. Bethlehem 15. Tomorrow I Will Be Yours
16. Postcards From East Oceanside
 2006年秋にリリースされ、新作が出た今にしてみれば『復活の狼煙』ともいえるベスト盤。1., 10., 12., 14.が1st、2., 4., 6., 7., 9., 13.が2nd、3., 5., 8.が3rdからのセレクト。私にとっては“Throwing Stones”が欠けただけで「ダメな選曲」だけど(苦笑)、アクの強い曲は極力排除されてる感じがします(だから、“Saturn Girl”がミョーに浮いて聴こえる...苦笑)。“Autumn Leaves”はイブ・モンタン他でお馴染みのシャンソンの名曲“枯葉”のカヴァー、15.、16.は未発表曲で、“Tomorrow I Will Be Yours”は2001年、“Postcards From East Oceanside”は1999年の録音。

Courage

(import : Decca/Universal B0008292-02)
1. Coming Down 2. Lovelight 3. El Greco 4. Lonelytown
5. 14 6. Hard To Be Soft 7. It's My Life
8. Safe In Your Arms 9. I Wanna Kiss You
10. In Our Dreams 11.Until I Met You
 前作(『アーメン』)から8年の沈黙を破り、レコード会社を『Decca』に移して2007年秋にリリースされた4th。
 “Where Have All The Cowboys Gone ?”や“I Don't Want To Wait”といった「大衆ポップス」は無く、神々しさを感じさせるほどのポーラの歌が堪能できる楽曲が多く収められている。全般的に(前作同様)彼女のヴォーカルを表に立てるためか、バックの演奏は控えめ。“El Greco”ではストリングスを導入し、“Lonelytown”と“In Our Dreams”ではフル・オーケストラをバックにし、それぞれがとても優雅な仕上がりになってます。ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック/ジャズ界の大御所であるイヴァン・リンスとのデュエットを披露してるボサノヴァ調の“Hard To Be Soft”、レゲエ調の“Safe In Your Arms”も面白い。
 過去3作すべてに参加してるドラマーのジェイ・ベルロースがほぼ全面参加。“Lovelight”にはトニー・レヴィンがベースで参加してます。
 にしても、“Hard To Be Soft”とか“It's My Life”というタイトルに、ポーラからの「ある種の決意表明」と受け取ってしまうのは、深読みし過ぎでしょーか?(苦笑)

others

PETER GABRIEL--Secret World Live (import : Real World/Geffen GEFD2-24722)
 ポーラ・コールがブレイクする前にバック・ヴォーカリストとして参加してたピーター・ガブリエルの『シークレット・ワールド・ツアー』の模様を収めたライヴ盤。ケイト・ブッシュの代役でピーター・ガブリエルのデュエット相手を務める“Don't Give Up”が一番の聴きどころでしょう。

VARIOUS ARTISTS-- Lilith Fair : A Celebration Of Women In Music (import : Arista 07822-19007-2)
 サラ・マラクランが主宰する女だらけの野外音楽フェスティヴァル『リリス・フェア』の模様を伝える2枚組ライヴ盤で、1アーティスト1曲ずつ曲を収録。『リリス・フェア』の旗揚げに積極的に関わったポーラだけあって、当然のように1曲(“Mississippi”が)収録されています。

註・この記事は、2008年1月の「Poetry Of The Month」に連動した特集として2008.1.28に『Courage』のレヴュー部分以外はほぼ完成させていたものの諸事情により放置されていた記事を、加筆・修正して2008.12.29に掲載したものである。

(2008.12.29)

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