2018年12月(第219回)...RUSH“ウォー・ペイント”(“War Paint”)より
アルバム『プレスト』(『Presto』)収録...1989年作
【コメント】
RUSHが1989年の末にリリースした13枚目のスタジオ録音盤『プレスト』収録曲。シンセサイザーがきらびやかだった'80年代中期からの流れを断ち切り、シンプルなロック・トリオに立ち返った作品。プロデュースに、ハワード・ジョーンズやフィクス、スティーヴィー・ニックスなどを手掛けたルパート・ハインを起用したことも、当時大きな話題となった。
この曲は結局『プレスト』のツアーでしか演奏されてないけど、人間の真理に迫った歌詞が秀逸な曲だと思ってます。「われわれは見たいものしか見ない」...確かにそうだ(苦笑)。
2018年11月(第218回)...バニラビーンズ“ニコラ”より
アルバム『バニラビーンズ』収録...2009年作
【コメント】
「北欧の風に乗って」をキャッチフレーズに、2007年にデビューした2人組アイドル、バニラビーンズ(以下、バニビ)の2ndシングル(レナとリサの2人になって初のシングル)曲で、デビューアルバム『バニラビーンズ』にも収録。
『ロック村』の狭い範囲の音楽しか聴いてない私に、本来アイドルポップやってる彼女たちとの接点は全く無いハズなんだけど、今や亡き音楽雑誌『CROSSBEAT』に載ってた吉田
豪の連載コラムで「今月の1枚」として紹介され、「『北欧ポップ』の『ほ』の字も知らないのにやらされてる感がひどい」などと激賞(笑)されてるのを見て、興味を持って(苦笑)購入。そしたら、どハマりしてしまった〜!!!(爆笑) 彼女たちのライヴのチケットを買うほど彼女たちの音楽にハマったんだけど、そのライヴは、(年末の慌ただしい時期のため)弟子の目が厳しくて(苦笑)観に行くことは叶わなかった。今年、彼女たちは11年間の活動に終止符を打ったそうだけど、結局ナマで彼女たちの姿を観ることは一度も無いまま、彼女たちは「北欧に帰っていった」...(苦笑)。それだけがとても残念です...。
2018年10月(第217回)...ダンス・ホール・クラッシャーズ“クリケット”(“Cricket”)より
アルバム『パー』(『Purr』)収録...1999年作
【コメント】
エリーズとカリーナの2人の女性ヴォーカルのハモリが楽しいスカコア・バンド、ダンス・ホール・クラッシャーズが1999年にリリースしたアルバム『パー』のラストに収録されてる曲。
このアルバムもそうだけど、彼女たちがそれまでリリースしたアルバムはみんな、聴くとカラダが自然とタテに動くような楽しいスカコア・チューンで占められてる。このアルバムもアタマからずーっと楽しいスカコア・チューンが続くけど、最後に収められたこの曲だけは、アコギをバックにエリーズとカリーナがハモるシンプルなアコースティック・ソング。終わりの終わりにそんな「仕掛け」があったもんだから、初めてこのアルバムを輸入盤で聴いた時には随分と困惑させられたものです。しかし、その「異質な存在」ともいえるこの曲にハマるのに時間はそれほどかからず、数週間後(このアルバムの日本盤が出る頃)には、富山の伝説的洋楽ラジオ番組『KNBポップス'99』の「今週の聴いてくれよ〜」のコーナーに電話出演し、この曲を薦めるまでになりました(爆笑〜!!!)。
2018年9月(第216回)...レディオヘッド“イディオテック”(“Idioteque”)より
アルバム『キッドA』(『Kid A』)収録...2000年作
【コメント】
レディオヘッドが2000年にリリースした問題作、4枚目のアルバム『キッドA』の終盤に収録されてる曲。
このアルバムがリリースされた時、ロック的な展開のある曲が無い、感情が込められていない...などとミュージック・シーンが騒然となった。さらには、初回盤限定の隠しブックレットのほか、日本盤独自企画の椎名林檎のチリ紙(苦笑)、『SNOOZER』田中宗一郎の「助けて助けて助けて」(苦笑)など周辺がヘンなふうに盛り上がり、話題に事欠かなかった(苦笑)。2000年秋の『キッドA』リリースはロックシーンにおけるひとつの事件でした。
この“Ideoteque”って曲は、4種類の和音がひたすら繰り返されるだけの単純な作りだけど、その「単純な作り」だけにかえってドハマリしてます(苦笑)。
2018年8月(第215回)...オアシス“ライラ”(“Lyla”)より
アルバム『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』(『Don't Believe The
Truth』)収録...2005年作
【コメント】
オアシスが2005年にリリースした6thアルバム『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』からの先行シングル。
3rdアルバムまでは順風満帆だったオアシスだけど、3rdのツアー以降バンドから離脱者が続出し、それまでの連戦連勝の勢いが無くなった。5thのあまりの出来の酷さに「もう、オアシスから離れようか?」と正直考え始めてた時にリリースされた逆転ホームラン的なアルバムがコレ。前作から参加のゲム・アーチャーとアンディ・ベルもバンドに慣れて真の意味での『バンド』になったのか、いわゆるケミストリーが感じられる作品になった。オアシス第2幕の幕開けを告げる作品だ!...と大いに喜んだんだけど、まさか、数年後にああいうことになろうとは...。
この曲は、多くのライヴでナマで聴いてますが、やはり、リリースされた2005年の夏の『SUMMER
SONIC』で野外で聴いたあの時が一番印象に残ってる。また、昔のメンツが揃ってこの曲演らないかなぁ〜...。
2018年7月(第214回)...森高千里“はだかにはならない”より
アルバム『非実力派宣言』収録...1989年作
【コメント】
森高千里が1989年7月にリリースした4枚目のアルバム『非実力派宣言』に収録されてる曲。
南
沙織の“17才”のカヴァーで一気にブレイクした森高、その勢いをそのままぶつけた作品が『非実力派宣言』で、宅
八郎が作製&持ち歩きしてTVのヴァラエティ番組を通じてお茶の間にも浸透した森高人形のポースの原形となったジャケット、ほぼ全曲自らが手掛けたブッ飛んだ歌詞(この曲のほかに、“私はおんち”という曲もあります...苦笑)もあって、森高の代表作ともいえる作品。「女性アイドル」と呼ばれたひとのなかには、往年の人気も輝きも失い、週刊誌の袋とじでしか姿をみないひとも居るなか、この曲で宣言したとおり、はだかにはならない森高は偉い!...と、心底思います(笑)。
このアルバムが出た1989年の夏は、私が大学2年生の時で、前年にワンダーフォーゲル部を辞めた私が初めて単独行で山々に挑んだシーズンであり、この曲を聴くと、あの夏に挑んだ北アルプスの笠ヶ岳、鷲羽岳、水晶岳、黒部五郎岳...といった峰々が目に浮かびます(苦笑)。
2018年6月(第213回)...スウェード“ムーヴィング”(“Moving”)より
アルバム『スウェード』(『Suede』)収録...1993年作
【コメント】
まだまだミッド・ナインディーズのブリット・ポップのムーヴメントが勃発する前に、U.K.ロック・シーンの話題をさらっていた大型新人が、スウェード。ヴォーカルのブレット・アンダーソンのヤサ男なルックスも手伝い、ここ日本でも女子たちを中心に人気を集めた。そんな彼らの衝撃的なデビュー・アルバムに収録されてる1曲。
ヴォーカルのブレット・アンダーソンは美形だけど、「僕は男性経験のないバイセクシャルだ」などといった発言や、時折裏がえったりするキモチ悪い歌声、「発情期のサル」と形容されたお尻を振るステージ・アクションなどでキワモノ的な扱いも受けてた(苦笑)。「僕らは男でもあり、女でもあるんだから」という歌詞は、彼らのテーマともいえる一節です(苦笑)。当時、私はそこらへんをオモシロがって彼らの音楽を聴いてました。この頃私は松本で大学生やってましたが、この曲をブレット・アンダーソンのマネしながら松本駅前を歩いてたら、通行人の若い女性から変質者を見る目で見られました(苦笑...アタリマエか)。そんな想い出のある曲です(爆笑〜!!!)。
2018年5月(第212回)...バーシア“ドランク・オン・ラヴ”(“Drunk
On Love”)より
アルバム『スウィーテスト・イリュージョン』(『 The Sweetest
Illusion』)収録...1994年作
【コメント】
'90年代のアタマから中盤にかけて、『トレンディー・ポップスの女王』と称されたバーシアが1994年の春にリリースした3rd『スウィーテスト・イリュージョン』のアタマを飾る1曲。当時私は大学4年で就職活動の真っ最中で、大学と就職活動してた地元との移動のお供によくこのアルバムを聴いてた(笑)。
ポーランド出身で、渡英してマット・ビアンコのメンバー(女声ヴォーカリスト)として世に出たバーシア・チェチェレフスカ。僚友のダニー・ホワイトとマット・ビアンコを飛び出してソロに転向し、デビュー作の『タイム・アンド・タイド』から世界的大ヒットを記録。'90年にリリースした2nd『ロンドン・ワルシャワ・ニューヨーク』はバブリーな日本の空気も手伝い、オシャレな洋楽の筆頭格として持て囃され、大ヒットを記録。この曲もアルバムも待ち焦がれられてた4年ぶりの新作として当然のようにヒットを記録したけど、完全主義が災いしてかこの後どんどん寡作になっていき、時代の先端に居たハズがどんどん時代から忘れられてった(苦笑)。この曲から24年経った今年、ようやく5枚目のアルバムが出るようです。それでも、私はこの新作が楽しみです。
2018年4月(第211回)...Silent
Siren“Love install”より
アルバム『S』収録...2016年作
【コメント】
読者モデルの4人が集まって始めたガールズ・バンド、Silent
Sirenが2016年にリリースしたメジャーでの4枚目となるフル・アルバム『S』に収録されてる曲。
金沢にライヴしに来るアーティスト/バンドは多いけど、富山に来るアーティスト/バンドは少ないので、「富山にライヴしに来てくれるアーティスト/バンドを応援しよう!」と自分がそれまで聴いたことが無くても、富山公演のチケットを買ってライヴに行くことがあります。Silent
Sirenの『S』のリリースに伴う全国ツアーの富山公演のチケットを買った時も、それまで彼女の音楽を聴いたことは一度も無かった。ライヴの予習で『S』を初めて聴いた時の感想を率直に言うと「これは無理だろ〜!」(笑) しかし、何度も繰り返し聴いてるうちに耳に馴染み、ライヴにも行って楽しみました(爆笑〜!!)。そのアルバム『S』の収録曲のなかで一番気に入ってる曲です。作詞はベースのあいにゃんかぁ...。
2018年3月(第210回)...Kalafina“Magia”より
アルバム『After Eden』収録...2011年作
【コメント】
梶浦由記プロデュースの女性3人によるヴォーカル・ユニット、Kalafinaの3rdアルバム『After
Eden』に収録されてる曲で、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』のエンディング・テーマとして使われた曲。
私がKalafinaのことを知ったのは、2011年初頭に会社の労働組合の上部団体の春闘関連の集まりで富山県民会館に行った時。県民会館で開催されるイヴェントのチラシ類やポスターに、彼女たちのライヴのものも混じってたんですワ。これ見て彼女たちに興味を持った私、彼女たちのことをネットで調べ、メンバーのひとりのHikaruが富山出身なことから、その縁で富山公演が組まれたことも理解した(笑)。その富山公演のチケットを獲って、ライヴに参戦。3人の一糸乱れぬヴォーカル・パフォーマンスにしっかり魅了されました。もし、あの年に労働組合の執行役員なんかやってなかったら、未だに彼女たちのことは知らないままだったかもしれない(爆笑〜!!!)。彼女たちを知るキッカケになったライヴ・ツアーのタイトルになってたのが、この曲です。
この度、梶浦女史が事務所『スペース・クラフト』を退所・独立したため、梶浦女史が今後どれくらいKalafinaと関わってくれるのかが全く不透明ななか今後の彼女たちの動向が心配ですが、これからもしっかりと見守ってゆきたいと思ってます。
2018年2月(第209回)...ヴァン・ヘイレン“ジャンプ”(“Jump”)より
アルバム『1984』収録...1983年作
【コメント】
ギター・ヒーローのひとり、エドワード・ヴァン・ヘイレン擁するヴァン・ヘイレンが、1984年にリリースしたそのまんまのタイトルのアルバム『1984』からのシングル曲で、大ヒットを記録。'80年代のミュージック・シーンを通じても代表的なヒット曲の1つ。イントロから繰り返されるキーボード・リフのきらびやかさ、デイヴ・リー・ロスの能天気なヴォーカル、いずれも良くも悪くも「'80年代」という時代を体現してると思います。このヒットで増長したのか、この後にデイヴがソロ活動に専念するため脱退したけど、デイヴのソロも、後任にサミー・ヘイガーを迎えたヴァン・ヘイレンも、(少なくとも'80年代の間は)揃いも揃って好調でした。
この曲のイントロのキーボード・リフはエドワード・ヴァン・ヘイレン自らが弾いてますが、昔から「専任のキーボード・プレイヤーだったら絶対思い付かないシンプルなフレーズ」と言われてます。その「ギタリストが片手間に弾いたリフ」が、後世に残るような名リフ扱いされるんだから、世の中分からない(苦笑)。私も、30年以上経った今でも、未だにこのリフがアタマのなかでグルグルすることがたまにだけどあります(苦笑)。
2018年1月(第208回)...クィーン“伝説のチャンピオン”(“WeAre
The Champions”)より
アルバム『世界に捧ぐ』(『News Of The World』)収録...1977年作
【コメント】
クィーンが'77年にリリースした6thアルバム『世界に捧ぐ』収録で、彼らの代表曲の1つ
私は年齢的にこの曲はリアル・タイムでは聴いてないですが(苦笑)、'82年の『ホット・スペース』聴いて、彼らのファンになり、過去の彼らの作品も聴いてみたい!...となり、当時中学1年性だった私は、'81年にリリースされてた『グレイテスト・ヒッツ』を'83年のお年玉で購入(苦笑)。繰り返し何度も聴いたアナログ・レコードのラストを締めてたのが、この曲でした。したがって、誰が何と言おうとも、私にとってこの曲は、1月の曲なのです(笑)。