2011年12月(第135回)...羅針盤“むすび”より
アルバム『むすび』収録...2005年作
【コメント】
ボアダムスや想い出波止場のメンバーとして知られる山本精一率いるフォーク・ロック・バンド、羅針盤が2005年に発表したラスト・アルバム『むすび』のタイトル曲。
末期の羅針盤は、山本精一(g.,
vo.)ほか、吉田正幸(key.)、チャイナ(ds.)の3人組で、ボアダムスの印象が強いせいか、アヴァンギャルドな印象が付きまとう山本精一が羅針盤で演ってるのは、そのイメージとは対極な日本語の響きを大切にした叙情的なうたモノ。この曲も「うた」を大切にしたナンバーだと思います。
8枚ものアルバムをリリースし、結成以来幾度かメンバー・チェンジを重ねたものの着実にキャリアを積み重ねてた彼らが突如解散したのは、DMBQのメンバーとして全米ツアー中だったドラマーのチャイナさんが2005年11月4日に交通事故死してから。「チャイナのいない羅針盤は考えられない」と解散を決めたのでした。チャイナさんは、私にとっては少年ナイフのサポート・ドラマーとして慕っていた存在であり(苦笑)、彼女の事故死を知った時にはもの凄くショックを受けたものでした。この『むすび』というアルバムも、彼女が亡くなってから聴いたんだけど、特に、クリスマスの時期に致う雰囲気のこの曲に心奪われました。
チャイナさんが亡くなって、はや6年かぁ...。
2011年11月(第134回)...レモンヘッズ“キャント・ディサイド”(“Dawn
Can't Decide”)より
アルバム『カモン・フィール』(『Come On Feel The
Lemonheads』)収録...1993年作
【コメント】
『オルタナ界の貴公子』イヴァン・ダンドゥ率いるレモンヘッズが1993年にリリースしたアルバム『カモン・フィール』に収録されてる曲。
ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』によるオルタナ・エクスプロージョン以降、それまでシーンの水面下に潜伏してたオルタナ勢がシーンの表舞台を闊歩するようになった。それまでメンバーを取っ替えひっ替えし、音楽性も変えながらもシーンの水面下に潜伏してたレモンヘッズも前作『イッツ・ア・シェイム・アバウト・レイ』(1992)でブレイク。『オルタナのクィーン』とか『オルタナの純真』と呼ばれたジュリアナ・ハットフィールドとの仲を揶揄されながらも、ミュージック・シーンの話題の中心に居た絶頂期にリリースされたのが、このアルバム。この曲のバック・コーラスにも噂の相手・ジュリアナ・ハットフィールドが参加し、♪bah~bahbah~bah~...とカワユい歌声を披露してくれてます。
この後、シーンがブリット・ポップ・ブームなどメロディ重視のほうに動いていくと、ポップな方向に進んでいたレモンヘッズはますます活躍できる...という予想とは裏腹にシーンから徐々にフェイド・アウトしていった。どうしてそうなったのかは、今でも、謎。
2011年10月(第133回)...リンプ・ビズキット“テイク・ア・ルック・アラウンド(M:i-2のテーマ)”(“Take
A Look Around”)より
アルバム『チョコレート・スターフィッシュ・アンド・ザ・ホット・ドッグ・フレーヴァード・ウォーター』(『Chocolate
St☆rfish And The Hot Dog Flavored Water』)収録...2000年作
【コメント】
'90年代終わりから'00年代アタマにかけてロック・シーンを席巻した『ニュー・メタル』(『Nu
Metal』)の代表格バンド、リンプ・ビズキット(リンプ)がそのキャリアの絶頂期にリリースした3rdアルバム『チョコレート・スターフィッシュ・アンド・ザ・ホット・ドッグ・フレーヴァード・ウォーター』に収録されてる曲。映画『M:i-2』の主題歌として使用され、大ヒットを記録。
ミクスチャー・ロックがラップとメタル/ラウド系を巻き込みながら発展した形であるニュー・メタルはキッズの心をしっかりと掴み、急速に拡大。一大ムーヴメントとなった。KOЯNの弟分バンドとしてシーンに登場したリンプもこの風に上手く乗り、当初チャート上では奮わなかったデビュー作もツアーの間に売り上げを伸ばし、より聴き易い形に発展を遂げた2nd『シグニフィカント・アザー』で一気にトップに登りつめた。急出世を遂げたせいか(やっかみもあって?)毀誉褒貶の激しく、彼らを叩くメディアも多かった。その心境が歌われてるこの曲、映画の主題歌というよりは、個人的な恨み節的内容になっとります(苦笑)。
2011年9月(第132回)...グロス“ロンリー・イン・パリス”(“Lonely
In Paris”)より
アルバム『GLOSS』(『Gloss』)収録...2001年作
【コメント】
アイスランド出身の女性ヴォーカリスト、ハイドラン・アナを擁する英国はリヴァプールを拠点とするU.K.ロック・バンドがリリースした最初で最後のアルバム『GLOSS』のアタマを飾る曲。
一般にはU.K.ロックにカテゴライズされてるグロスだけど、ヴォーカルのハイドラン・アナがアイスランド人で、キーボーディストのヨナスがノルウェー人ということもあり、北欧ポップやフレンチ・ポップを思わせるサウンド。
この彼女らのデビュー・アルバムが日本でリリースされたのは、2001年9月5日のこと。『サマーソニック01』に出演し(私も彼女たちの演奏を観て、この曲をナマで聴いた)、すでに日本の音楽ファンに顔見せを済ませた段階でのリリースだった。当時の私は、会社の業務により、提携会社のある大分県中津市(福岡県築上郡吉富町)に2週間ほど滞在してた。「提携会社」といっても相手は決してこちらに対してフレンドリーではなく、大いに疎外感を持った。その頃、このグロスのデビュー・アルバムをポータブルCDプレーヤーで繰り返し聴いてたんだけど、この曲聴きながら、「彼女らは“Lonely
In Paris”だけど、オレは“Lonely In
Nakatsu”だなぁ~...」とこの歌の世界と自らの境遇を重ね合わせてたものでした...(苦笑)。
2011年8月(第131回)...エレクトロニック“イディオット・カントリー”(“Idiot
Country”)より
アルバム『エレクトロニック』(『Electronic』)収録...1991年作
【コメント】
ニュー・オーダーのバーナード・サムナーと元・スミスのジョニー・マーが組んだユニット、エレクトロニックの1stアルバムのアタマに収録されてる曲。
エレクトロニックのサウンドについて、バーナード・サムナーとジョニー・マーという組み合わせから予測出来るサウンドの範囲を超えるものでは無い...というレヴューを1991年当時読んだことがありますが、バーナードはともかく、ジョニー・マーはスミスを脱退後、ザ・ザに参加したりしてたので(その後もっと流浪の旅に出ることになりますが...苦笑)、「ジョニー・マーのサウンドってどんな音だっけ?」と思った記憶があります(苦笑)。
1991年の夏、日光や東北の山に登りに行ったついでに当時山形に住んでた友達の家に遊びに行った頃によく聴いてたので、この曲聴くと、東北の山を思い出します。頑張れ! 東北!!!
2011年7月(第130回)...ザ・キルズ“スーパースティション”(“Superstition”)より
アルバム『キープ・オン・ユア・ミーン・サイド』(『Keep On Your Mean
Side』)収録...2003年作
【コメント】
アメリカはフロリダ州出身の女性ヴォーカルスト/ギタリスト、ヴィヴィと、英国人ギタリスト/ドラマーのホテルの2人組、ザ・キルズの2003年のデビュー作『キープ・オン・ユア・ミーン・サイド』に冒頭に収録されてる曲。つまりは、シーンにザ・キルズという存在を真っ先にアピールした曲であり、私もこの1曲にガツンとヤられたクチである。2003年という年は、ザ・ホワイト・ストライプスがビッグになった年であり、いわゆるガレージ・ロック・リヴァイヴァル・ブームがシーンを席巻してた。こんななか登場した彼らは、P・J・ハーヴェイやプリテンダーズのクリッシー・ハインドを思わせるヴィヴィのヴォーカルと、ヴェルベッツふうの頽廃的な空気を持つサウンドで一躍ブライテスト・ホープ扱いとなった。今聴いてもこの1stは傑作だと思う。
彼らは2003年の初来日を皮切りに、何度か来日して公演を行ってるけど、2008年の『SUMMER
SONIC』ではドラム・マシーンの故障を理由に残念ながら公演をキャンセルしてます。2011年は『FUJI
ROCK
FESTIVAL』に出演予定。苗場の空の下で、彼らの勇姿を観られることを今から楽しみにしてます。
2011年6月(第129回)...RUSH“ライムライト”(“Limelight”)より
アルバム『ムービング・ピクチャーズ』(『Moving
Pictures』)収録...1981年作
【コメント】
RUSHの最高傑作と誉れ高い8枚目のスタジオ作『ムービング・ピクチャーズ』に収録されてる曲で、彼らのライヴで必ず演奏される代表曲。
この曲ではスターになって神格化されることを拒否する気持ちが歌わています。この曲が書かれる前、1980年リリースの『パーマネント・ウェイブス』のヒットにより、長尺な曲を好む一部のロック・ファンだけが知るRUSHから一般大衆が好むRUSHへと変わりつつあり、どんどん人気者...というか『スター』に扱いされていく戸惑いの心境を吐露したんだろうけど、このアルバムのヒットによりますます彼らはBIGになっていき、歌詞を書いたニール・パートは『ドラムの神様』と呼ばれていくようになるワケです。あ~あ...(苦笑)。
2011年5月(第128回)...ダン・ハートマン“あなたを夢みて”(“I
Can Dream About You”)より
オリジナル・サウンドトラック『ストリート・オブ・ファイヤー』(『Streets
Of Fire』)収録...1984年作
【コメント】
ダイアン・レイン主演の映画『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984年)のサウンドトラック盤に収録されてる曲で、全米チャート(『Billboard
HOT 100』)で最高6位まで上昇したヒット曲。
今ではすっかりアタリマエになってしまったけど、人気アーティストの未発表曲を集めたコンピレーションを映画のサウンドトラック盤としてリリースするという手法は、前年(1983年)の『フラッシュダンス』の商業的ヒットが嚆矢となり、1984年にはこのサントラのほかに『フットルース』、1986年には『トップガン』...というふうにサントラのヒットと映画の興業成績がお互いに相乗効果をもたらす形で両方ともメガ・ヒットを記録したことですっかり定着した。この手法は2011年の今でも採られてる。
マリア・マッキー(当時はローン・ジャスティス)やフィクス、ライ・クーダー、マリリン・マーティン(フィル・コリンズとのデュエットの相手)などが参加したこの『ストリート・オブ・ファイヤー』のサントラからは同年の『フットルース』ほどのメガ・ヒット曲は生まれず、本国アメリカではこの曲が最大のヒット曲だったけど、日本では椎名
恵が“今夜はANGEL”としてカヴァーしたファイヤー・インクの“今夜は青春”が収録されてるサントラとして知られてます(苦笑)。
この曲を歌ったダン・ハートマンについては、エドガー・ウィンター・グループのメンバーだったこと、'70年代終盤のディスコ・ブームの時にはソロで活躍してたこと、この曲のヒット後この曲をフィーチュアした『あなたを夢みて』というアルバムをリリースしそこそこヒットしたこと、1995年に後天性免疫不全症候群により亡くなったことしか知りませんが、この曲(と1985年のヒット“Second
Nature”)については私の記憶のなかではいつまでも鮮明に残ってます。
2011年4月(第127回)...ポーラ・アブドゥル“甘い誘惑”(“Opposites
Attracts”)より
アルバム『あいつにノックアウト』(『Forever Your
Girl』)収録...1988年
【コメント】
ポーラ・アブドゥルが1988年にリリースした1stアルバム『あいつにノックアウト』に収録されてる曲で、ワイルド・ペアとのデュエット曲。
ポーラ・アブドゥルはもともとジャネット・ジャクソンの振り付け師として知られてんだけど、自ら歌って踊って作ったデビュー・アルバムは大ヒットを記録。リリースされた1988年当初はそんなに売れなかったけど、次々と曲をシングル・カットしてく度にチャート成績は上向きになり、このアルバムからの3枚目のシングル“Straight
Up”が全米No. 1に輝くと、次々とNo.
1ヒットを連発。アルバムから6枚目のシングル・カットとなったこの曲も1990年早春にNo.1に輝きました(4曲目の全米No.1)。この頃のポーラは順風満帆であり、百戦百勝。何をやっても上手くいく感じでした。そんな大成功を欲しいままにしてたポーラは'90年代後半を過ぎるとパッタリ曲を出さなくなり、すっかりシーンの表舞台から消えてしまいました。どうして彼女が自らフェイド・アウトしていったのか(そのようにしか私にはみえませんが)...? これは、ポップ・ミュージックの歴史における謎のひとつだと私は思ってます。
この曲では、お互いの性格も趣味も異なるカップルについて歌われてます。が、ここまで異なるキャラクター同士のカップルって、ホントに上手くいくの?(苦笑)
2011年3月(第126回)...シュガー・レイ“エヴリ・モーニング”(“Every
Morning”)より
アルバム『14分59秒』(『14:59』)収録...1999年作
【コメント】
カリフォルニアのミクスチャー・バンド、シュガー・レイが1999年にリリースした3rdアルバム『14分59秒』に収録されてる大ヒット曲。
シュガー・レイといえば、「カリフォルニアのおバカ・バンド」という軟派なイメージが強いけど、実際のところデビュー・アルバムで聴かれるサウンドはミクスチャー・ヘヴィー・ロックであり、陽気で軟派なイメージはあまり無い。ところが、2ndアルバム『シュガー・レイのアメリカン・ドリーム'97~爆走街道まっしぐら
俺らに勝る敵はナシ!』からポップな“Fly”が大ヒットしたことから彼らの方向性は一転、南国リゾート向けのミクスチャーがメインになってしまった...(汗)。この曲は“Fly”の大ヒットを受けて同じ方向性を意図して書かれたと思われるモノで、彼らの狙いどおりこの曲も大ヒット。しかし、ヘヴィーなミクスチャーを意図してたデビュー時の面影はすっかり無くなってます。
2011年2月(第125回)...ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン“ティアーズ・ドント・フォール”(“Tears
Don't Fall”)より
アルバム『ザ・ポイズン』(『The Poison』)収録...2005年作
【コメント】
新世代ブリティッシュ・ヘヴィー・メタルの旗手、ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインのフル・デビュー・アルバム『ザ・ポイズン』に収録されてるキラー・チューン。
ウェールズ出身の彼らは、同郷の先輩バンドのロストプロフェッツから受けた、「オマエらのようなバンドがデカくなるワケがない!」とコキ下ろされるなどのイジメをものともせず(苦笑)、デビュー・ミニ・アルバムから快進撃を続け、'00年代にデビューしたロック・バンドのなかでは屈指のビッグ・バンドに成長。その成功への扉を開くキッカケの1つは、間違い無くこの曲での成功でしょう。ギターのイントロでじわりじわりと盛り上げ、スクリーモで一気に爆発するこの楽曲構成、たまりません。
2011年1月(第124回)...ナイン・インチ・ネールズ“ウィッシュ”(“Wish”)より
E.P.『ブロークン』(『Broken』)収録...1992年作
【コメント】
インダストリアル・ロックという概念を広く一般大衆レヴェルに認知させた立役者であるナイン・インチ・ネールズの出世作のE.P.『ブロークン』に収録されてる曲。
ナイン・インチ・ネールズは実質的にトレント・レズナーのプロジェクト。日本でもこのE.P.『ブロークン』のリリースまでは殆ど無名の存在だった。このE.P.が『Billboard』の全米アルバム・チャートで最高7位まで上昇されたのを機に注目を浴びたけど、その取り上げ方は「オタクな引き籠りの青年が、パソコンを何台もつないでこんなの憎悪に満ちたモノを作っちゃったよ」的なイロモノ扱いであり、この後彼が'90年代中盤以降のオルタナ・シーンを牽引してく存在になるとは誰も想像していなかった。このアルバム聴くと今でも音楽雑誌『rockin'
on』に載ってた市川哲史さんのレヴュー「こんな下らねぇ音聴いたのは久しぶりである」という激賞を思い出します(苦笑)。