2005年12月(第63回)...GO!GO!7188“彼女と私”より
アルバム『蛇足歩行』収録...2000年作
【コメント】
鹿児島出身のユウ(中島優美 : vo., g.)とアッコ(浜田亜紀子 : b.,
vo.)の2人に、ターキー(ds.)を加えた3人組、GO!GO!7188のデビュー・アルバム『蛇足歩行』収録曲。
この曲は、彼女たちがプロ・デビューする前からのレパートリィだそうで、あまりにも長く演奏し過ぎて本人たちも飽きてしまったのか、デビュー後すぐにライヴのセットから落ちてしまいました(苦笑)。後にDVD化された2001年5月19日の日比谷野外大音楽堂でのライヴでも演奏されてましたが、何故かDVDには収録されませんでした(苦笑)。2003年9月21日のライヴ盤『九・二一事件』でようやくライヴ・ヴァ−ジョンが収められましたけど、ユウのヴォーカル、高音が苦しそうで、もうライヴでは演らないほうがイイのかもしれません(苦笑)。
私的には、この曲の歌詞の「あたしのことが見抜けないなんて くだらなすぎて 同情したいくらいよ」という部分にガツン!とやられたんですが(苦笑)、あえて反論させてもらうと(苦笑)、「すべてをお見通しでも見抜けないフリをする」ひとも、なかには居るんですよ(苦笑)。
2005年11月(第62回)...RUSH“ミッション”(“Mission”)より
アルバム『ホールド・ユア・ファイアー』(『Hold Your
Fire』)収録...1987年作
【コメント】
RUSHが1987年にリリースした14枚目のアルバム(スタジオ録音盤としては、12枚目)『ホールド・ユア・ファイアー』に収録されてる曲。RUSHは1982年の『シグナルズ』以降の4作品ではシンセサイザー類を大幅に導入し、サウンドもポップになった。この時期の4枚のアルバムのことを、俗に『第3期』と呼ぶけど、このアルバムはその『第3期』最後を飾るアルバムです。
個人的なことを言うと、このアルバムは私が初めて(日本盤の)発売日にレコード店へ行って買ったRUSHの作品であるため、思い入れも深い。自分のいつもの行きつけのレコード店(今は無き山蓄総曲輪店)で貯めたサービスポイントを使って値引き購入するつもりが、その店ではすでにLPは品切れ(CDしか置いてなかった)で、あわてて家に帰って親に借金して別のレコード店でLP買った...そんな想い出があります(笑)。
この曲は、アナログのB面2曲めに収録されます。曲のアタマから中盤まではポップな展開なんだけど、間奏に入った途端、変拍子ばんばんの『RUSHスタイル』に突入。この落差がたまらない!...ファンにとっては、そういう1曲のハズです(笑)。
2005年10月(第61回)...デーモン&ナオミ“ザ・ニュー・ヒストリシズム”(“The
New Historicism”)より
アルバム『ザ・ワンダラス・ワールド・オブ・デーモン&ナオミ』(『The
Wonderous World Of Damon & Naomi』)収録...1995年作
【コメント】
元・ギャラクシー500のドラマー、デーモン・クルコフスキーとベースのナオミ・ヤンのカップルがギャラクシー解散に始めたプロジェクトでロー・ファイなフォーク・デュオ(?)、デーモン&ナオミ(そのまんまの名前ヤン...苦笑)の2ndアルバム『ザ・ワンダラス・ワールド・オブ・デーモン&ナオミ』に収録されている曲。
そもそもギャラクシー500の解散は、バンド内の三角関係のせいで、デーモン&ナオミのラヴラヴ加減に耐えきれなくなったヴォーカル/ギターのディーン・ウェアハム(後に、ルナを結成)がバンドを脱退したせい。この2人のラヴラヴ加減は、1998年10月の来日公演で私も確認済みです(笑)。ちなみに、その時のライヴでもこの曲を演奏しとりまして、その時にデーモンはこの曲を「アメリカの歴史についての曲」というふうに紹介してくれてました。
2005年9月(第60回)...スティング“ウィル・ビー・トゥゲザー”(“We'll
Be Together”)より
アルバム『ナッシング・ライク・ザ・サン』(『...Nothing Like The
Sun』)収録...1987年作
【コメント】
元・ポリスのヴォーカリスト/ベーシストのスティングが、ジャズ・ミュージシャンを多数起用して製作したソロ・アルバム第2弾『ナッシング・ライク・ザ・サン』(1987年)に収録されている曲。というか、アルバム・リリースよりも1年以上も前の1986年に、スティング自ら出演したキリンビールのCMソングとして使われていた曲で、お蔭で♪ウィルビートゥギャザートゥナァ〜イ...のメロディーもお茶の間(今となっては死後)ですっかりお馴染みになっていた。酒屋の店頭にもスティングのポスターがばんばん貼られていたもんである。今よりも遥かに洋楽の影響力があり、そして今より遥かにキリンビールに影響力があった(笑)1980年代ならではの話だが、このCMの影響が大きかったのか、このアルバムは『オリコン』の総合チャート(邦楽+洋楽)で初登場で1位を記録する大ヒット・アルバムとなった。ちなみに、アルバムで使用されているヴァージョンは、TVCMで流れていたモノより凝ったアレンジが施されている(ハズ)。
2005年8月(第59回)...カッティング・クルー“愛に抱かれた夜”(“(I
Just) Die In Your Arms”)より
アルバム『ブロードキャスト』(『Broadcast』)収録...1986年作
【コメント】
1980年代を代表する一発屋(苦笑)のひとつである英国の4人組、カッティング・クルーが1986年に発表したデビュー作『ブロードキャスト』に収録されている曲で、翌'87年には全米No.1に輝き、世界的にも大ヒットを記録。この曲が日本でも流行った1987年といえば、私は高校3年生で、大学受験を控えてたんだけど、受験勉強なんぞそっちのけで(笑)地元・富山のローカル・ラジオ洋楽番組『KNBポップス'87』にリクエスト・ハガキをばんばん出してました。この曲を聴くと、あの、1987年の夏を、思い出します(笑)。
2005年7月(第58回)...ザ・キュアー“フライデイ・アイム・イン・ラヴ”(“Friday
I'm In Love”)より
アルバム『ウィッシュ』(『Wish』)収録...1992年作
【コメント】
鬼才・ロバート・スミス(...というか、志摩あつこの『8ビート・ギャグ』でさんざんオモチャにされたロバート・スミスと言ったほうが分かりやすい?...苦笑)率いるザ・キュアーが1992年に放ったスマッシュ・ヒット。この曲が収録されてるアルバム『ウィッシュ』のなかでも群を抜いてポップな曲で、当時私もエンドレスにして1日じゅう流してるくらい気に入ってました(笑)。「金曜日 僕は恋をしている」(爆笑〜!!!)。
キュアーのほうは何回もメンバー・チェンジを重ねながら...っつうか、ロバスミのプロジェクトと化しながらも今でも人気が衰えることなく健在です。
2005年6月(第57回)...ジョー・ジャクソン“ハッピー・エンディング”(“Happy
Endings”)より
アルバム『ボディ・アンド・ソウル』(『Body And
Soul』)収録...1984年作
【コメント】
パンク/ニュー・ウェイヴ旋風が吹き荒れる1970年代末の英国ミュージック・シーンに現れ、アルバムを出す度に音楽性をコロコロ変えて音楽ファンのド肝を抜いた職人肌のミュージシャン、ジョー・ジャクソンが1984年にリリースした6枚目のアルバム『ボディ・アンド・ソウル』に収録されてる曲。アルバム・ジャケットから分かるとおり、アルバム『ボディ・アンド・ソウル』ではジャズの色濃いサウンドにチャレンジしたジョー、この“Happy
Ending”では、イレイン・キャズウェルとのデュエットを聴かせてくれてます(ちなみに、歌詞のうち、青字がジョーのパート、赤字がイレインのパート、紫字がふたりの合唱を表してます...笑)。アルバム(オリジナル・アナログ盤)の裏ジャケに載ってる解説によると「'60年代のポップ・ソングにあるような男女の出会いを'80年代の見地から見たもので、(中略) 楽しい感じのイ長調のコーラスが物思いにふけるような残りの嬰ヘ短調にそのつど変わるので、無邪気さは影をひそめたようだ。」とあります。私はこの曲が1984年当時から大好きで、この曲を『ひとりデュエット』でよく歌ってました(笑)。♪it's
not so easy〜it's '84 now〜(笑)。
2005年5月(第56回)...オール・アメリカン・リジェクツ“ハッピー・エンディング”(“Happy
Endings”)より
アルバム『オール・アメリカン・リジェクツ』(『The All-American
Rejects』)収録...2003年作
【コメント】
「ミラクル・ポップ・バンド」(アルバム『オール・アメリカン・リジェクツ』オビタタキ文句より...笑)オール・アメリカン・リジェクツの1stに収録されてる曲。オール・アメリカン・リジェクツは、いかにも「ウィーザー以降」といった感じのサウンドを出すアメリカの4人組だけど、この“ハッピー・エンディング”は、1stのなかでも特にウィーザー風味が強い曲です。だって、リズム・パターンからしてウィーザーの“Don't
Let Go”そのまんまだもん(苦笑)。
2005年4月(第55回)...ファントム・プラネット“ザ・ハッピー・エンディング”(“The
Happy Ending”)より
アルバム『ファントム・プラネット』(『Phantom
Planet』)収録...2004年作
【コメント】
♪か〜りふぉるにあ〜(笑...2nd『ザ・ゲスト』収録の“California”)でギターポップ・ファンから絶大な支持を得たファントム・プラネットが突如、グランジィでグルーヴィーなサウンドを披露し、支持者たちのド肝を抜いた問題作(?)3rd『ファントム・プラネット』のアタマを飾る曲。私も初めて聴いた時は「コレ、ホントにファントム・プラネット???」って思いました。例えて言うなら、妻夫木聡が突然ボディービルダーに変身し、筋肉ムキムキの肉体美を披露した感じかな(...もっとマシな表現もあろうに...苦笑)。
2005年3月(第54回)...アヴリル・ラヴィーン“マイ・ハッピー・エンディング”(“My
Happy Ending”)より
アルバム『アンダー・マイ・スキン』(『Under My
Skin』)収録...2004年作
【コメント】
カナダ出身の人気女性シンガー、アヴリル・ラヴィーンが2004年にリリースした2ndアルバム『アンダー・マイ・スキン』収録の大ヒット曲。私がボロクソに貶してた1st『レット・ゴー』とうって変わって、2ndでは楽曲が充実してるけど、特にこの曲が気に入ったッ! 作曲クレジットをみたら、元・マーヴェラス3のブッチ・ウォーカーとアヴリルとの共作。納得ぅ〜!(笑) 他の収録曲では、(結局人気に火が点くことがなかった)女性シンガー/ソングライターのシャンタール・クレヴィアジックが「後見人」を務めております。このアルバムの楽曲が(私には)魅力的に聴こえるのは、こうしたソングライターたちの力量に拠るところが大きいようです(苦笑)。
2005年2月(第53回)...フィーダー“マイ・パーフェクト・デイ”(“My
Perfect Day”)より
アルバム『ポリシーン』(『Polythene』)収録...1997年作
【コメント】
グラント・ニコラス(vo.
g.)、ジョン・リー(ds.)、そして岐阜県穂積町(現・瑞穂市)出身のタカ・ヒロセ(b.)の3人による英国のパワー・ポップ・トリオ、フィーダーが1997年にリリースしたデビュー・アルバム『ポリシーン』に収録されているライヴの定番曲。
私が初めてフィーダーを聴いたのは、苗場に会場を移した『FUJI
ROCK FESTIVAL '99』参加時。ちょうど2nd『イエスタデイ・ウェント・トゥ・スーン』がリリースされたばかりで、「フィーダーってバンドが出演するから音のほうをちょっと聴いてみよう」って1stもこの時に聴いた。で、一番気に入った曲がコレです(笑)。
その後、フィーダーのライヴは、タカさんの地元に近い名古屋で1回、『FUJI
ROCK FESTIVAL '01』、そしてジョンが亡くなった後に1回観てるけど、毎回この曲を演ってくれてます。この曲を演奏してもらっただけで「my
perfect day」な気分に浸れるのは、私だけ?(苦笑)
2005年1月(第52回)...パティ・スミス・グループ“ビコーズ・ザ・ナイト”(“Because
The Night”)より
アルバム『イースター』(『Easter』)収録...1978年作
【コメント】
パティ・スミスの3枚目(パティ・スミス・グループ名義では、2枚目)に収録されているパティ・スミスの大表曲にして音楽史上に名を残す名曲。パティ・スミスとブルース・スプリングスティーン...という当時、先鋭的なソングライターと思われていたハズの2人のシンガー/ソングライターの共作で、『Billboard』の『HOT100』でもヒットを記録。
私はパティ・スミスのライヴを1997年の初来日以来3回観てるんだけど、3回ともこの曲のところで盛り上がってました。この曲は、イントロのピアノの調べが印象深いんだけど、1996年に再々活動開始した頃のパティ・スミスぼバンドにはキーボード奏者がおらず、この曲を演奏されてもイマイチしっくりこなかった。だけど、2002年に観た時はベースのトニー・シャナハン君がピアノをマスターしていて、この曲のイントロをピアノで再現してくれたのがうれしかったです(笑)。ちなみに、スタジオ盤でピアノを弾いてるのは、後にローン・ジャスティスに加わるブルース・ブロディー。